「そんな顔をしないでくれ」
泣きそうな顔になった瞬を、氷河の腕が抱きしめる。
そして、氷河は、それきり黙り込んでしまった。

会いたい。
だが、そのことでどんな犠牲も出したくはない。
瞬の2つの望みは、決して背反するものではなかったが、両者の実現が困難であることは疑いようもないことだった。

「ご……ごめんなさい、氷河。僕、我儘言ってますね。他国の人を受け入れずに追い払おうとしてるのは、僕の国の方なのに……ごめんなさい……」
氷河は、既に、自分の採るべき道を選んでしまったのだろう。
自分の我儘は、氷河の選択を非難するだけのものなのだと思い至り、瞬は氷河の胸の中で、彼に謝罪した。

が、氷河に沈黙をもたらしていたのは、瞬の懸念とは全く別のことだったらしい。
「ああ、そうじゃない。俺はどちらにしても後戻りをするつもりはないんだ。おまえにどんなに泣かれても」
「え?」
「ただ、俺が絶対に無事におまえの許に辿り着けるという保証はどこにもないから――」
「氷河……」

瞬は、なぜか今まで、その可能性を考えてもいなかった。
氷河が戦いの場に立てば、傷付くのは氷河に敵対する側の人間だろうと、何の根拠もなく瞬は思い込んでいたのである。
瞬にとって、氷河は、その意思の力で他人の夢にまで入り込んでしまえるような、どこか超常的な存在だった。

氷河が漢の軍に捕らえられ、傷付き、命を落とすかもしれない――その可能性に思い至り、瞬は、初めて、戦いの現実的な恐怖をその身に感じた。
他の何に耐えられても、そんな未来だけは受け入れられない。
瞬は、剣など持ったこともない細い腕を氷河の背にまわし、彼にしがみついた。

そんなことになるくらいなら、会えないままでいた方がいい。
夢の中だけの逢瀬でも、二度と氷河に会えなくなるよりは、はるかにましだった。

氷河が、そんな瞬を抱きしめる腕に力を込めて、低く呟く。

「ここはおまえの夢の中だ」
「……はい」
「俺たちが愛し合うことは可能だろうか?」
「え? あ……あの、僕……」

思いがけない言葉――瞬にしてみれば、今更の――に、瞬は戸惑った。
自分がすっかり氷河に心を許してしまっていることなど、氷河はとうの昔に知ってくれているものと、瞬は思っていたのである。
「僕、氷河のこと好きです。でなかったら、こんな……氷河に会うためになら、戦いも仕方ないなんて考えたりしない……しなかった……」

氷河の身に危険が及ぶ可能性があるというのなら、その卑怯な妥協も過去のものである。
瞬は、氷河を止めようと思った。

「ああ、そういう意味じゃない」
「?」

氷河の言う言葉の“意味”が理解できずに、瞬は微かに小首をかしげた。
氷河が、そんな瞬の眼差しを、少しく困ったような顔で受けとめる。

それから、彼は、短い躊躇のあとで、
「これは、ただの夢だ。恐がるな」
と、瞬に告げた。





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