瞬の服の前をはだけて、氷河が、瞬の胸に唇を押し当てる。

「氷河……?」
なぜなのかはわからないが、瞬の心臓は急に大きく波打ち始めた。
氷河が何をしようとしているのかを、瞬には想像することすらできなかったが、それでも瞬は、その先にある何かを知っているような気がしたのである。

「本物のおまえの心臓も、こんなに速く走っているのか」
早鐘を打っている瞬の心臓を、瞬の肌越しに、氷河がその頬で確かめている。

瞬は、自分の足が地についているのかどうかさえ――夢の世界に天と地があるのなら――わからなくなりかけていた。

「おまえの寝室に俺を招いてくれ」
「え」
夢の世界で、どうすれば氷河の望みを叶えられるのかと当惑した時には既に、瞬は自分の部屋の寝台の上にいた。

「夢だ。恐がるな」
その言葉を繰り返しながら、氷河は、寝台に横たえた瞬の上から、瞬が身に着けていたものを一枚一枚取り除いていく。
宝玉を埋め込んだ帯も、金の首飾りも、紫袍も、細かい刺繍のほどこされた沓も――氷河の手が触れると、それらのものはどこへともなく消えてしまった。
代わりに、氷河の手と指とが、瞬の身体の上をさまよい始める。

「氷河……っ!」
ゆっくりと――まるで盲人がものの形を確かめているかのようにゆっくりと――自分の身体の線を辿り続ける氷河の指の感触に、瞬は、ぞくりと、恐怖にも似た戦慄を覚えた。
絹や玉石の価値を確かめようとしているような氷河の手に抗議するように、瞬は彼の名を呼んだ。

氷河のしていることが良いことなのか悪いことなのか、普通のことなのか異常なことなのかは、瞬には判断の仕様もない。
ただ瞬は、値踏みされるように身体をまさぐられることより、氷河に抱きしめてもらうことを何よりも望んでいた。

――が。
「これが夢でなかったら、どんなにか――」
氷河の悔しそうな呟きを聞かされて、瞬は何も言えなくなってしまったのである。

夢と思えば、恐くはなかった。
夢と思えば、自分に理解できない行為を怖れる気持ちも薄らぐ。

兄が戦場に出ている間は、その身が案じられて、毎夜悪夢にうなされていた。
それに比べれば、氷河の指に自分の身体を覗かれるくらいのことは、不快でも恐怖でもなかった。





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