夢だから、氷河はそうしているのだろう――と、瞬は思った。
夢の世界で、その実在を確かめるために。
目覚めても忘れまいとして、氷河はそうしているだけなのだ――。

そう自分に言い聞かせて、瞬は氷河の視線と、その手の感触に耐えた。
それでも、身に着けていたものを全部剥ぎ取られて、氷河の前に裸身をさらすことになった時には、氷河の目が恐くて、恥ずかしくて、瞬はその身を捩らずにはいられなかった。
が、夢の中の氷河の腕は、夢の中のそれとも思えないほどの力で、瞬の両肩を強く押さえつけてくる。

「隠すな。全部見せてくれ」
「あ……」

刺すような氷河の視線に、瞬は身震いした。
「氷河、やだ……」

「なぜ。夢なのに」
「でも――」

確かに、ここは瞬の夢の中にある世界である。
しかし、氷河の視線は、夢の中の錯覚と思ってしまうにはあまりに強い力を持っていた。
氷河の視線の留まる場所が、瞬には目をつぶっていても、はっきりと感じ取れた。
その部分が熱を持つ――のだ。

瞬は、だから、氷河の腕が自分を抱きしめてくれた時には、彼の視線から逃れられたことに、かえって安堵の思いを抱いた。

氷河が、今度は、視線ではなく手を、瞬の身体に伸ばしてくる。
そして、瞬に触れる。
それは、瞬が考えてもいなかった場所ばかりに忍び込み、蠢いて、そのたびに、瞬の身体を大きく震わせた。

「初めてか」
「あ……」
瞬の耳許で、氷河の声が、それもまた忍び込むように、低く空気を震わせる。

問われたことに答えることは、瞬にはできなかった。
ただ身体に触れられているだけだというのに――それも、夢の中で――、触れられた場所が自分のものでなくなっていくような錯覚に、瞬は捕らわれていた。
そして、瞬の身体は、既にそのほとんどが、瞬のものでなくなりかけていた。
氷河に変えられてしまった瞬の身体は、息をすることにすら、かなりの力が必要で、今の瞬にはその力がなかった。

「漢の後宮は、退廃して、爛れきっていると聞いていたが、さすがに太子までは汚せないか。今の王は、色事より戦の方が好きらしいしな」

「ひょ……が……」
これはいったい、どういう魔法なのだろう。

そして、こんな不思議な力を持っている氷河が、どうして、
「おまえのここに触れるのは、俺が初めてか」
と、問うまでもないはずのことを繰り返し尋ね、その答えにこだわるのだろう――。

「あ……ああっ」
瞬にはわからなかった。

息の仕方も忘れさせられて、苦しげに喘ぐばかりの瞬の足首を掴み、氷河がその膝を寝台の上に立てさせる。
「これが夢でなくても、おまえは俺のすることを許してくれるのか?」

氷河の言っていることが、瞬には本当にわからなかった。

「ああ……っ、やっ……氷河っ」
夢だから、どうだというのだろう。
夢でも恥ずかしいことに変わりはなく、夢の中でも実際に身体は熱い。

「やだ……やだ、氷河」
氷河に嫌だと告げながら、瞬には、自分が何を嫌がっているのかさえ、わかっていなかった。

瞬は、むしろ、氷河が自分に何をしようとしているのかがわからないことこそが嫌だったのかもしれない。
実際、瞬は、それまで瞬の内腿をなぞるように辿っていた氷河の手が、瞬に触れるのをやめてしまった時、自分と氷河の接点が失われてしまったことに、軽い恐怖をすら覚えた。

「あ……」
氷河に触れられることは苦しく、触れられていないことは不安だった。
そして、瞬は、何よりも、今この瞬間に目覚めてしまうことが恐ろしかった。

「氷河……何かして。僕に触れてて。目を覚ましちゃやだ。ずっと側にいて。ここにいて」
「そうだな。ここで目覚めるのは辛い」

瞬の懇願を聞き入れた形で、氷河の手が、再び瞬の上に伸びてくる。
「これは夢だ」
自分と瞬に言い聞かせるようにそう言って、氷河は、瞬の中に何かを入れた。
ぞくりとする感触が、瞬の内側から全身へと広がっていく。

自分の中で蠢くそれが、氷河の指だと気付くまでに、瞬は少しばかりの時間を要した。
気付いた途端に、瞬の中が戸惑いを伴った予感のために疼き始める。

瞬が感じた予感の通りに、それは、ゆっくりと瞬の内側をなぞり出した――瞬の胸や足の線を辿っていた時と同じように。
その異様な感覚に、しかし、瞬はすぐに酔い始めた。
いったい氷河は何のためにそんなことをするのか――そんな謎の答えはもうどうでもよかった。

瞬の中にいるそれは、時折動きを止め、何かを試すように折り曲げられる。
「ん……っ!」
そのたびに激しい鋭痛に襲われ、瞬は腰を浮かして喘いだ。
だが、既に、それすらも、瞬の感覚では痛みと呼べないものになりつつあった。





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