「氷河――あなたの弟さんは、僕に、資料を貸してくれるって言ってたんです。それを貸してもらうことはできないでしょうか……」

未練と言うなら、そう言って笑えばいい。
僕は、この、氷河にそっくりな人と、このまま別れてしまいたくなかった。

氷河が僕にそうしたみたいに、この人を誰かの――氷河の――代わりにしようっていうんじゃない。
ただ僕は――氷河と同じ色の瞳を持った人と、無関係な人間になってしまいたくなかったんだ。

「資料?」
怪訝そうな顔で――氷河と同じ色の瞳で――彼が僕を見おろす。
変な子だって思われたって知るもんか。
何でもいいから、僕はこの人に関わっていたい。

「ええ。江戸時代初期の宣教師に関する資料です」
「俺は、弟の趣味にはあまり興味がなくて――。それがどこにあるのかも知らないんだが」
彼は迷惑そうだった。
迷惑そうだったけど。

「か……貸してくれるって……! 貸してくれるって、氷河は僕に言ったの……!」
僕は、目に涙をにじませて、彼に訴えていた。
そんな僕の様子を見て、氷河にそっくりな人が、両の肩から力を抜く。

「その資料がどういうものなのか、実際に見たら、君にはわかるものか? 弟が約束していたものなら、君に贈呈しよう」
泣きべそをかいている僕を、彼は哀れんだのかもしれない。

「で、その資料とやらは、どこの家にあるんだ?」
「え?」
「弟は都内だけで、マンションを5、6戸は所有していたはずだ。どこに何があるのかまでは、私は知らない」
「あ……S区の――」

僕があのマンションのおおよその住所を告げると、彼は軽く頷いて、僕に車に乗るように促した。





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