「あの……氷河……弟さんとは、普段から連絡を取り合ってたんでしょうか」
「年に1、2度かな。生活が違っていたし、あれは道楽者で――」
「弟さんに、恋人はいました? 会うことができないような。キアラ……って聞こえた」

白いベンツの助手席で、僕は、思い切って彼に尋ねてみた。
その事実を、氷河の真意を確かめられれば、僕も諦めがつくかもしれない。
もしかしたら、氷河のしたことを許すことだってできるかもしれない。
そう思って。

氷河の兄だという人が、僕を見もしないで答える。
「──キアラというのは、弟が好きだった聖女の名前だ。聖フランチェスコの最初の女弟子で――『光明』という意味だったかな。弟に恋人がいたとは聞いていない。女嫌いの独身主義だったからね」

「聖女?」
「自然を愛する清純で美しい女性だったそうだよ。弟は、理想を追いすぎて、生身の女には興味が持てなくなっていたのかもしれないな。まあ、こういうことになってみると、弟に恋人や家族がいなかったのは、不幸中の幸いだったが。――それがどうか?」
「あ……いえ……」

不幸中の幸い――。
それはそうなのかもしれない。
僕は氷河の恋人なんてものじゃなかったし、たとえそうだったとしても、そんなこと誰にも言えないことだもの。
でも、この人の言うことが事実だとしたら――。

あれ・・は、じゃあ、僕の早とちりだったんだろうか。
氷河は僕を誰かの身代わりにしたわけじゃなく、僕をキアラに例えただけだったんだろうか?
氷河がキアラという名を口にしたのは、どう考えたって、清純な女性を思い起こすような場面じゃなかったような気がするけど、でも、その方が僕は嬉しい――。

けど、だからって、ううん、そうだったのだとしたら尚更、あの自殺みたいな氷河の最期が、僕には納得できない。

いったい氷河はどうしてあんなふうに――まるで、ちょっとした思いつきを実行しただけみたいに、自分の命を散らしてしまうことができたんだろう――?





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