「死んだことにしておいた方が、君のためになると思ったんだが……」 彼は、自分が“氷河”だってことを、気が抜けるほどあっさりと認めた。 問い詰めた僕の方が、自分は氷河の兄だという人にからかわれているんじゃないかと思い直してしまいそうなほど、あっさりと。 そして、“氷河”は、やっぱり淡々とした口調で(しかも真顔で!)、 「死なないんだ。俺は」 「し……死なない?」 「君には俺が何歳に見える?」 何歳――って……。 20代後半くらいだろうか。 もっと若いかもしれないけど。 ううん、もしかしたら30を越えてるかもしれないけど。 「415歳だ」 僕の答えを待たずに、氷河はそう言って、僕が驚く顔を楽しむように笑った。 「この身体は26歳の時のものだが――俺は、1588年にイタリアで生まれて、1610年に、ローマから日本に派遣されたイエズス会の宣教師だ」 「…………」 何に――僕は、氷河のその言葉の何に驚けばよかったろう。 氷河の出生年、それとも、氷河がそうだという実年齢に? 氷河の言葉のそんな部分が信じられなかった僕は、とりあえず、彼が宣教師だということを驚くことにした。 こんな肉感的な、ぎらついた目をした宣教師がいていいものか……って。 「そんな馬鹿げた嘘言わないで。そんなこと――だいいち、戸籍は……」 氷河の言うことが事実だとしたら、彼は、今の日本に、社会的に存在できないはずだ。 今は、中世以前のヨーロッパじゃない。 家を買うにも、車を運転するにも、身分証明が必要なんだ。 「戸籍なんて、金さえ積めばいくらでも買えるんだ」 氷河は、僕の常識的で世俗的な疑念を、至極簡単に打ち消してみせた。 氷河が僕に話してくれた彼の半生は、信じ難いものだった。 |