有馬家は、領主としての地位は召し上げられ、改易に近いことになっていたけど、家屋敷は晴信の遺児たちに安堵されていた。
だから、キリシタンを弾圧して、家康の機嫌を取り結べば、旧領を取り戻すことも可能だと、キアラの兄たち──正室の息子たち──は期待して、完全には希望を失っていなかったらしい。
既にキリシタンの洗礼を受けていたキアラは、家の中でも孤立して、神の教えにすがり、氷河を頼り、だから氷河はますますキアラが不憫で愛しくて――。

つまりそういうこと。
氷河は、世俗の愛と純潔を神に捧げた身で、キアラに、生まれて初めての恋をしたんだ。

でも、氷河は厳しい戒律に縛られたイエズス会の宣教師で、しかも、キリスト教では、性交や情欲は罪とされている。
同性愛なんか、もっての外だ。

「だが、キアラへの俺の思いは消し去ることはできなかった。……馬鹿な話だ。耐え切れなくなった俺は、ある夜、力づくでキアラを抱こうとしたんだ」
氷河はいまだに、そのことを後悔しているようだった。
彼のキアラを汚そうとしたことを。

「俺は、前後の見境をなくしていた。俺のいる部屋には、キアラの兄がつけた見張りがついていたのに。父晴信の遺言とはいえ、有馬の屋敷内に宣教師が暮らしていることを、キアラの兄たちは快く思っていなかった。その意を汲んでいた家臣のひとりが、部屋の中の異変に気付いて踏み込んできて――当然俺は、その場で成敗された」

それが、氷河の最初の“死”。

「神のしもべとしては、最低最悪の不様な最期だった。だが、俺は、これで自分は罪を犯さずに済むと、清らかなキアラを汚さずに済むと、神に感謝していた。キアラやキアラの兄やその家臣たちを恨むつもりは全くなかった」
「でも、生き返った?」
「しかも、この汚らわしい身体を持って、だ。俺がこの世界に戻ってきた時、俺の足許には、キアラの亡骸があった」

氷河が再び現世に蘇ったのは、彼が手討ちにあってから2年後。
1615年、大阪夏の陣の最中さなか
落城寸前の城内に、気がつくと氷河は立っていた。

どうして彼がすぐに蘇らなかったのか――は、氷河にもわかっていないみたいだった。
でも、多分――キアラが呼んだんだろう。
死にゆくキアラは、もしかしたら、氷河に最期の告悔を聞いてもらいたかったのかもしれない。

どちらにしても、氷河を呪われた運命の中に投げ入れたのは、彼のキアラだということだ。





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