「沙織さん、いくら何でも、悪ふざけが過ぎるぜ。そりゃ、俺も、氷河と瞬の煮えきらなさにはイライラしてたけどさぁ、これは薬でどうこうしていいようなことじゃないだろ!」 何事につけ大雑把を極めている星矢にも、沙織のこの行為が非人道的だということくらいはわかったらしい。 瞬の姿が消えた城戸邸の客間で、星矢は、彼の女神を非難した。 しかし、沙織は相変わらず全く動じる様子を見せない。 「そうかもしれないけど、もう飲ませちゃったし」 悪魔のような女神の悪意のない微笑に、たとえ『聖闘士星矢』のタイトルロールと言えど、星矢ごときが太刀打ちできるはずがない。 星矢や紫龍たちにできるのは──しがない青銅聖闘士たちにできることは──、ただひたすら脱力することだけだった。 「まあ、おココロ清らかな あの瞬がどこまで我慢できるか、見ものだわね。──氷河」 「何です」 実害が及ばない星矢と紫龍はともかくも、被験者の片割れである氷河は脱力してばかりもいられない。 瞬を追うべきか追わない方がいいのかの判断に迷って、その場を動けずにいた氷河は、自身の憤りを隠そうともせずに、沙織を睨みつけた。 「瞬がすがってきたら、優しくしてあげなさいね。薬の効力は3時間かそこいらで切れちゃうけど、これに乗じてモノにしてしまうといいわ。どうせいつかはそういうことになるはずだったんだし、それがたまたま今日だった、というだけのことよ。頑張ってちょうだいね」 「…………」 沙織が、超の字がつくほどのリベラリストなことは、氷河もよく知っていた。 だからこそ氷河は、これまで彼女の聖闘士として闘いを続けることに、窮屈さや束縛感を覚えたことはなかった。 冷静に考えてみると、今のこの状況は、願ってもない幸運な状況だとも思う。 ──瞬の気持ちを考えなければ。 氷河にとって最も重要かつ大切なものが、瞬の心だという事実さえなかったならば。 |