瞬が楽になれずにいる訳は、氷河にもわかっていなかった。
薬が効いているにしても、この現象は、一個の人間の生理としておかしい。
しかも、一度自身を解放してしまった瞬は、それ以前とは、何かが変わってしまっていた。

その身体のどこに触れても──瞬自身に触れても──そこから生まれる感覚のすべてを、瞬は自分の身体の中に吸収していく。
瞬は、それを身体の中に貯めこんで、身悶え続ける。
普通なら緊張を失い弛緩していくはずの身体が、逆に一層強張っていく。
そして瞬の苦痛は増し、それを消し去る方法が氷河にはわからない──のだ。

“その方法”に氷河が気付いたのは、瞬の身体を──脚も、胸も、唇も、耳朶も、背中も、爪先まで──愛撫し尽くした氷河の指が、唯一まだ触れずにいた場所を掠めた時だった。

「ひっ……!」
そこに触れただけで、瞬は掠れた悲鳴をあげた。
瞬は、すぐにまた固く絶望的な表情に戻ったが、一瞬間だけ、確かにその頬は、苦痛の色を伴わない薔薇色に染まった。

つまり、そういうこと──らしい。
氷河が、瞬の中に指を差し入れると、瞬は初めて、強張るだけだった身体から力を抜いた。
身体の表層から力を抜いた代償のように、瞬の身体の中が異様な熱を帯びて、氷河に絡みつき吸着してくる。

瞬の表情は、今は、恍惚とし、陶然としていた。
それが薬のせいなのか そうでないのかは、氷河にはわからなかったが、氷河だけでなく瞬も、やがてその事実に気付いたようだった。
「ひょ……が、僕、わかった。どうすれば楽になれるのかわかった。氷河……氷河も知ってる ……知ってるんでしょ」
「…………」

知っている。
確かに氷河はそれを知っていた、が。
「僕を助けて……楽にして……」
そうしてしまうことは、氷河にはできなかった。

「……駄目だ」
「ど……して……?」
「どうしても」
「氷河、僕が嫌いなの……」
「そんなことあるわけないだろう!」
「なら、どうして……っ!」
「駄目だから、駄目なんだ!」

できるわけがないではないか。
それを求めているのは瞬ではなく、瞬の身体に力を及ぼしている薬品なのかもしれないというのに。
十中八九、そうであるに違いないのに。

欲しいものを与えられずにいる瞬が、苦しそうに身悶える。
氷河の額には、うっすらと脂汗が滲んできていた。

「氷河、でも、僕、苦しい……苦しい……ね、氷河、お願い」
「瞬っ!」
媚びるような瞬の声と仕草に怒りさえ覚え──というより、瞬の誘惑に屈してしまいそうな自分自身に苛立って──氷河は、瞬を険しい声で叱責した。
途端に瞬が、びくりと怯えたように身体を震わせる。

「──我慢しろ」
「う……」
氷河が、自分の望むものを与えてくれない理由は、瞬にもわかっていた。
それは、こんなふうに与えられ、また与えていいものではないのだ。

瞬が、身体の内から湧き起こってくる苦い痛みに耐えながら、意思の力を振り絞るようにして、小さく頷く。

薬の効力が切れるその時まで、あと一時間弱の時間があった。






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