「おまえたちまで来なくてもよかったのに」
「氷河ひとりだけ観光旅行に行こうなんて、そんなズル許せないもの」
既に、電車や路線バスどころか、道らしい道もない。
嫌な気持ちをより強く感じる方に、へたな自動車以上のスピードで移動しながら、瞬は息も弾ませずに氷河に言った。

「そんなことよりさあ……なんだか、力を奪われてるような気がしないか? この森に入ってから」
青銅聖闘士たちの足を止めさせたのは、星矢のその一言だった。
彼等は、黒い森の奥の奥まで来ていた。

ここまで来ると、“一般人”の姿は探しても見えない。
車が入れないのだから、それは当然としても、いて当然の小動物や鳥の姿さえ、瞬たちは見かけることができなかった。

黒い森──といっても、森は実際に黒いわけではない。
背が高く 枝張りが四方に大きく広がった樹木が、空を覆い隠してしまうほどに鬱蒼とした森を形成しているというだけのことである。
夏場だというのに涼しいおかげで、氷河も暑さには・・まいっていなかった。

「確かに、妙な感じがするな」
紫龍が星矢に頷く。
星矢は、顔をしかめながら、ぼろぼろになった砂利の載った手の平を、仲間たちに指し示した。

「絶対変だって。こんな小さな石っころを砕くのに、俺、いつもの10倍も小宇宙を燃やさなきゃならなかっ──」
と、星矢が言いかけた時だった。
幾つかの黒い影が、予告もなく、彼等の前に現れたのは。

無論、動物の影ではない。
微弱ながら小宇宙のようなものも感じる。
「残念ながら、亡くなった黄金聖闘士たちではないようだけど──」

「この程度の奴等、俺ひとりで十分! と言いたいとこなんだけどさぁ……」
星矢が、らしくもなく不安そうにぼやく。
彼の言わんとするところを察して、臨戦態勢をとりながら、紫龍が仲間に状況報告をした。
「安心しろ、星矢。俺も、いつもの10分の1も力が出ない」
「あ、俺だけじゃないんだ」

だからといって安心できるわけでもなく。
星矢が紫龍に向けた笑顔は、少々引きつっていた。

挨拶もなく飛びかかってきた影の一つを一撃で倒した紫龍は、だが、ただそれだけのことで息があがってしまっていた。





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