「彼と共に帰りたいか」
「帰れないことはわかってます。僕は鏡に映らない。鏡に映らないのは死んだ人間と相場が決まっている」
「…………」

人は、自分の死に勝つことはできない。
抗い闘うことはできても、決して勝利することはない。
まして、既に死に捕まってしまった人間が生に執着することは醜いことだと、瞬は思っていた。

諦観に捕らわれている瞬を見おろすサガの眼差しは、ひどく苦しげだった。
まるで生きている者のそれのように、苦渋に満ちていた。
瞬は、彼が自分に同情してくれているのだと思って、無理に笑顔を作ったのである。
「幸い、夜中に起きだして、人の血を吸いに出たりはしていないようだけど」

「……かわいそうに」
死んでしまった男が、死んでしまった少年を抱きしめる。
それは、逃れることのできない死の抱擁で、逃れることが不可能なことを知っている瞬は、彼の腕の中でおとなしくしていた。

「……ひょうが」
「ん?」
優しい死神の腕の中で、瞬は、ふいにぽつりと呟いた。

「多分、それが彼の名前……」
それは、瞬の脳裡に突然浮かびあがってきた名前だった。
そういえば、彼の名前すらまだ聞いていなかったことに、彼の名前を思い出してから気付く。

「彼を見ていると、とても懐かしい気持ちになる。彼を見ていると、とても苦しい。なのに、彼と一緒にいたい。一緒に行きたい。でも、そうできない」
それが死というものなのだろうか。
人は誰もが、自分の死を迎えた時、この苦しみに耐えるのだろうか──。

「彼には早々に帰ってもらおう。それが彼のためだ」
サガが、彼の胸の中で呻吟する無力な少年の髪を撫で、低く呟く。
瞬は、微かに頷いた。

誰もが耐えなければならない苦しみなら、自分も耐えるしかない。
そうすることが、死んでしまった自分自身の尊厳と、生きている者たちへの思い遣りなのだと信じて、瞬はこの辛さに耐えようと思った。





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