生きている者の情熱は、死んでしまった人間の心をも震わすことができるらしい。
頑固な青銅聖闘士の説得を諦めたサガが、瞬の姿を見つけ出した時、瞬は、彼の部屋の、死者には不要なはずの寝台に腰をおろし、顔を伏せていた。
瞬の頬が薄く染まっていることが、かえってサガを冷静にした。

「彼と一緒に行きたいのか」
抑揚のない声で、サガは瞬に尋ねた。
「おまえが消えてしまったら、私はまた一人になる。彼も結局は、おまえを失う」

自室の壁にある鏡を──そこに瞬自身の姿のない鏡を── 一瞥した瞬が、力なく首を横に振る。
「……わかってます。あんなこと言われて、ちょっと驚いただけ。死にたくなかったって──忘れたくなかったって、思ってしまっただけ……」

生きている者だけが享受できる恋の歓喜。
永遠に失われてしまったものの大きさに、瞬は、今更ながらに打ちのめされているだけだった。──胸をときめかせながら。

サガが、そんな瞬の様子を無言で見おろす。
それは、生きている時にも、死んだ後にも、サガには見知らぬ領域の感情だった。
が、それがとても魅力的なものだということは、今の瞬の様子を見ているだけで容易に推察できる。

「もし、おまえが、彼と永遠に共に在ることを望むのなら、彼を殺せばいい。その後で私が、彼に偽りの命をやろう。おまえにそうしてやったように。それでいいのなら、彼を殺しなさい」

サガの提案に、瞬は小さな笑い声を漏らした。
「人魚姫みたい」
ここはアンデルセンではなくグリム童話の国。
それは叶うことのない夢物語である。

だから、瞬は、きっぱりと、その提案を退けた。
「そんなことはできません」

「おまえと一緒にいることが彼の望みらしいが」
「でも、できない」
「そして、彼を忘れることも、思い切ることも、追い返すこともできない?」

「…………」
その通り、だった。
鏡に映らない肉体の持ち主になってしまっても、瞬の心は死んではいないのだ。





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