「──この付近に魔女の伝説が多いのは、黒い森に薬草が多いからでね。薬草の扱いに秀でた民間治療師が民草の尊敬を集めることが、教会の権威に傷をつけるというので、昔は随分と教会の迫害があったらしい」

長い沈黙のあとに、サガがゆっくりと口を開く。
彼は突然何を言い出したのかと、瞬は訝った。

その瞬の前に、サガは、彼の指を飾っていた銀色の指輪を抜いて、差し出した。
赤い石が蓋になっていて、石座の部分に白い粉末が入っている。

「彼の命を奪うことができないのなら──。これは、彼を思い切ることができるようになる薬だ。いや、彼におまえを思い切らせることのできる薬と言うべきか」
「……それは」
「私なら、これをおまえに与えても罪にはなるまい」

瞬の今の命は──それを命と呼んでいいのなら──サガに与えられたものだった。
サガになら、瞬の命を奪う権利がある。
この館の部屋で目を覚まし、そこに死神のような黒衣の男の姿を見た時、この部屋にあった鏡に、自分の姿が映っていないことに気付いた時、瞬は、自分が生者の世界に在ってはならない存在だということを自覚した。
自分が、生きていないのに生きている、自然の摂理に反した存在だということを。

その命を──
「この偽りの命を絶つ薬?」
「…………」
瞬の問いに、サガは答えなかった。

「こうでもしなければ、彼はおまえのいるこの館から一生出ていくまい。彼を殺すことができないのなら──彼のためを思うのなら──飲みなさい」
サガの言葉は、まるで瞬の心を試しているかのようだった。
あの情熱に、今のおまえは死という誠意を示すことしかできない。
おまえにはそれができるのか──と。

瞬の心は、昨日初めて出会ったばかりの“生きている人間”に、どうしようもないほど激しく恋をしていた。
まるで、その恋に酔っているように──そして、その恋を成就させるために、瞬は、サガが差し出したものをその手に受け取り、口に含んだ。





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