(え……?)
身体が痺れて、上体を起こしていられない。
寝台に倒れそうになった瞬の身体を、サガの腕が抱きとめた。

「あ……?」
死んだ者の命と心は、もっとあっけなく消えていくのだろうと、瞬は思っていた。
だが、事実は違っていた。
否、サガに与えられた薬のもたらす効果が、瞬の期待していたものとは違っていたのだ。

「最初は少ししびれるかもしれないが、痛みはないだろう? これは、一時的に、小脳の随意筋運動の調節を阻害する力を持っているんだ。しばらく手足を動かせなくなるだけで、害はない。死にはしない」
「ど……いう」
手足だけではなく、頬の筋肉までが痺れ始め、言葉を発することもできない。

これはいったいどういうことなのだろう。
氷河に死んだ者を思い切らせることのできる薬だと、サガは言っていたのに。

「騙したわけじゃないぞ」
言葉にならない瞬の非難を察したらしいサガが、目許を醜く歪める。
それは、瞬の知っている──死んでしまった瞬をこの館に保護し、居場所を与えてくれた──サガの目ではなかった。
口調や声音も少し違っている。
「おまえが、奴を思い切れるようにする薬だと言ったろう。嫌でも、奴の顔を見れなくなるようにしてやる」

サガではないサガが言った通りに、瞬は、自分の意思で自分の身体を動かすことができなくなっていた。
目を閉じることもできない。
かろうじて、瞬きはできた。
というより、瞬の瞼は、瞬の意思に関係なく勝手に瞬きをして、瞬の瞳を涙の膜で覆う。
瞬きが不随意運動でもあることを、瞬はこんな形で初めて自覚することになった。

鏡に映っているサガの手が、瞳を見開いたままの瞬を寝台の上に仰向けに横たえ、無造作に瞬の身に着けているものを引き剥いでいく。
「死んだ者を愛せるのは、死んだ者だけだろう? 奴にはもう、おまえを楽しませてやることはできない。俺が代わりを務めてやると言ってるんだ」

「や……。ひょ……が……」
必死の思いで、瞬は唇を動かそうとした。
だが、瞬にはどうしても言葉を操ることができなかった。
きつく閉じることもできない瞬の唇を、サガの唇と舌が蹂躪し始める。
こんな一方的なキスは──これがキスと呼べるものならば、であるが──氷河と初めて唇を重ねた時以来だった。
その時のことを、瞬はぼんやりと思い出した。

「そう、キグナスの名は、そんな名だったな。やはり、薬の効果が薄れていたか。普通は、ひと月は、すっかり忘れてしまうのだが、おまえはどこか特別にできているらしい。完全にではないが、この世界の力を撥ね退ける力を持っているようだな」

サガはどうやら、先程の薬以外にも、瞬に何かを飲ませていたものらしい。
おそらく右脳の短期記憶が曖昧になるような──そんな薬のせいで、瞬の記憶は薄れ乱れていったのだろう。
瞬自身は、その状態を、“死”のショックによるものだと思っていたのだが。





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