[III]






氷河を最も侮辱したのは自分自身だということはわかっていた。

そして、瞬は全てを思い出した。
氷河が、自分にとってどういう存在だったか。
サガが十二宮の闘いを引き起こした経緯とその顛末。
仲間たちのこと、これまでアテナの聖闘士たちが闘ってきた闘いのことも。

サガの豹変の訳もわかったような気がした。
サガは、実質的に二つの心を持っているのだと考えた方がいいのだろう。
あの黒い森で瞬を救ってくれたサガと、瞬を陵辱したサガは別の人格なのだ。
それでもやはり、その二つの人格は一人の人間のものなのではあるのだろうが。

瞬の中に情欲を放った後、瞬の衣服を元に戻したサガは、言葉もなく──弁解もせず──瞬を見詰めた。

氷河を最も侮辱したのは自分だということはわかっていた。
この罪はいったい誰が許してくれるのだろうと、瞬は、自分を犯した男の目を見詰め返しながら思ったのである。
これまで、どんな時にでも、瞬にとって“罪”というものは、許し許されるものだった。
だが、自分自身に許すことのできない罪というものは、いったいどうなるのだろう──?

サガもまた、この罪を許してくれる誰かを求めているかのように、無言だった。

“許し”は誰から与えられるものなのか──手に入れられないだろう答えを求める代わりに、瞬は、サガに尋ねた。
「あなたは生き返ったの。それとも、死んでいなかったの」

「…………」
サガは相変わらず無言で、ただ瞬を見詰めている。
やがて、彼の顔つきに僅かな変化が現れた。

「ふん、清廉潔白なサガ殿はすぐ逃げる」
再び瞬の前に現れた“サガ”は、瞬の前で忌々しげに舌打ちをしてみせた。
「さすがに、アテナの聖闘士は、陵辱されてもよよ・・と泣き崩れたり、恨み言を言い連ねたりはしないか。つまらんな」

「…………」
被害者の顔をして嘆き悲しむことなどできるわけがない──と、瞬は思った。
汚されたのは死んだ身体。
まして、自分はその陵辱を自分の弱さのせいで受け入れた・・・・・
罪は自らにあり、サガよりも自分の罪の方が大きいことを知っている。
それが、嘆いて許される罪ではないことも、瞬は知っていた。
だから、瞬は、ここで、我が身に起こった不幸を嘆いてみせるわけにはいかなかったのである。

そんな瞬の考えを見透かすような、そして、まるで瞬を値踏みするような視線を瞬の上に据えて、“サガ”は彼の言葉を重ねた。
「言っておくが、俺は男には興味はないぞ。まあ、極上の気分を味わえたから、機会があればぜひまたお手合わせ願いたいものだが、おまえを欲しがったのは、あの聖人君子のサガの方。もっとも、奴は、俺が手を貸さなければ、いつまでも手を出せずにいたろうがな」

自分自身のことを、全くの他人事のように、“サガ”は言う。
これが、双子座の黄金聖闘士をアテナへの造反に導いた人格なのかと、驚きの感情と共に、瞬はサガを見やった。
“サガ”の言葉には、濃い皮肉の色はあったが、邪悪の影はさほど感じられなかった。





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