「あなたはなぜ……」

「自分の上に降って湧いた不幸の説明が欲しいか? 言ったろう。人はそういうものだと。人間は、神か何かに作られて、その生の目的も知らされずに世界に投げ出され、放っとかれて、仕方がないから、適当に自分に見合った目的を作る。サガは、自分が完全な善であることを望んだ。まあ、いい子ちゃんでいることを、自分の人生の目的にしたわけさ。自分の中の負の部分を──俺を──追い出して」

サガの第二人格は、随分とおしゃべりだった。

「ところが、人間はそういうふうには出来ていない。サガは無理をした。善であることは──悪でないものでいることは、存外簡単なことだ。孤独でいればいい。しかし、孤独は辛い。結局、サガは壊れて、聖域ではあんなことをしでかした」

このおしゃべりには、サガも悩まされていたに違いない。
自らを客観的に観察し、真実を吐き出すこの口には。

「サガは罪を犯しすぎていた。アテナも──サガのためにできることは、奴を殺すことだけだった。それは奴の救いにはならなかった」
は、自分自身のことを、どこまでも他人事のように語り続ける。
が、誰よりもサガという人間を理解しているのは、サガの負の部分を全て引き受けた、この“サガ”であるようだった。

「俺はいいことをしてやったと思っているぞ。おまえを自分のものにできれば何かが変わるとサガは思い、おまえを欲しがった。俺は奴の願いを叶えてやったんだ。おまえも──」
おしゃべりな“サガ”が、言葉もなく寝台に身体を起こしている瞬を見やって、にやりと下卑た笑いを作る。
「そんな男慣れした身体、抱いてくれる者がいないのは辛かっただろう?」

「僕は……!」
瞬の反駁を、“サガ”は遮った。
「精錬潔白なアテナの聖闘士殿が、この世界よりおまえの方が大事だと言ってくれていた相手を裏切ったんだ。今更、奴と よりを戻そうなどと図々しいことは考えまい?」
おしゃべりなサガは、まるで感謝されて当然と言わんばかりの口調だった。
彼は、言外に、『俺は、親切にも、おまえを思い切らせてやったのだ』と言っていた。

「僕は……」
思い切るも何も、自分は既に死んでしまっている。
氷河とは既に住む世界が違うのだ。
“サガ”の言葉に、瞬は空しく苦笑した。

「もう、おまえはサガの側にいるしかない」
“サガ”は命じるように瞬に告げた。
それが、瞬にはなぜか、『サガの側にいてやってくれ』という懇願に聞こえたのである。

彼の命令にも似た主張は、正しく常識的なことなのかもしれない──と、瞬は思わないでもなかった。
今の瞬は、氷河とは違う世界に住んでいる。
氷河に抱きしめてもらうことは、もうできないのだ。

その事実を改めて自覚した時、ふいに、瞬は、氷河と身体を交えている時の狂気にも似た陶酔の感じ・・を思い出した。
身体が震え、そして疼く。
瞬は、もう一度あの感覚を味わいたいと駄々をこね始めた自分の身体を抱きしめた。

──死んでいるのに。
死んだ身体がなぜそんなものを欲しがるのだろうと、不思議に思う。
人の欲望を──肉の欲望ですら──生み出すものは心なのかと、瞬は、自分の心と身体を恨めしく思った。





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