氷河は、瞬を見るサガの眼差しに、心底からの不快を覚えていた。
これまで以上に、これまでのどの瞬間よりも、不快だった。
それでは、まるで自分と同じではないかと、氷河は思っていた。
自分以外の誰かが、自分と同じように瞬を見詰めていることが、氷河は我慢ならなかった。

「私は死んだ者。この肉体はハーデスが戯れに蘇らせた幻のようなもの。そんなものに触れられたとて、大した意味は──」
瞬に負わせた傷を癒すためにサガが口にする慰撫の言葉さえ、氷河は腹立たしくてならなかった。

「ない。全く」
氷河は即座に断言した。
それはいい。それはいいのだ。
氷河が真に求め、独占したいと願っているのは、瞬の身体ではなかったから。
だが、だからこそ氷河は、瞬を見るサガの目をどうにかしてやりたかった。
本当に消し去ってやりたいと、初めて、彼は、サガへの本気の憎悪を自覚した。
そして、氷河は、部屋の壁にある照魔鏡から故意に視線を逸らした。

だというのに──だというのに、瞬は、氷河の気も知らずに言うのである。
「そんなの、何かの間違いだと思う。僕に悪心がないなんてありえない。完全な善人なんて、いない。もしいたとしたら、それは人間じゃない。人間は、善い心だけじゃなく悪い心も持っていて、時には罪を犯して、それを悔いて、周囲の人にその罪を許してもらって、だから自分も他の人の罪を許して、そんなふうに優しく生きていくものでしょう? だから──」

氷河は、胸の内で、余計なことを言うなと、瞬を怒鳴りつけていた。
それ以上瞬が何か言うと、死んだ男がますます瞬に惹かれてしまう。
「瞬、余計なことは──」

「余計なおしゃべりはそこまでだ」

どうやら、その場には、氷河と同じ気持ちを抱いている者が、もう一人存在していたらしい。
瞬でもなく、サガでもなく、氷河でもない、何者かの声が、氷河の制止に重なった。





【next】