瞬は、ハーデスが彼に告げたことを委細洩らさず氷河に伝えた。
冥界の王に自慰を強いられたことだけを除いて。

「おまえがハーデスの依り代?」
すっかり くつろいだ格好で瞬の前に座っている氷河に、瞬は不安げに頷いたのである。
「でも、僕が、受け入れなかったから出ていった……みたい」
そう答えながら、しかし瞬は、あれでハーデスが彼の器を手に入れることを諦めてくれたのだと思ってしまうことはできずにいた。
同時に、ハーデスの希望に沿うことは絶対にできないとも思う。

「だって、気持ち悪かったんだもの、すごく……」
人間の営む世界を滅ぼすことを企むものの手先になることへの不愉快以前に、瞬にハーデスを拒絶させる理由の第一はそれだった。
瞬は“気持ち悪かった”のだ、ハーデスの為す行為が。

「他には何もされなかったのか」
「星矢をコキュートスってとこに落とされたの――ううん、僕がそう命じた……」
どうしても沈んだ声になる。
氷河が、傷心の仲間を慰めるように、僅かに顔を伏せた瞬の髪に手を伸ばしてきた。

「まだ生きている。奴のことだ、そう簡単にはくたばらない」
「ん……うん。そうだよね」
「紫龍も無事、一輝もどうせそのうち現れるだろう。アテナもこちらに来ている。心配するようなことは何もない。星矢がまた奇跡の大安売りをして、万事解決だ」
氷河の楽観主義には少々――否、多大に――呆れざるを得なかったのだが、瞬は今は、氷河の安直な未来予測を信じたかった。
だから、瞬はそうしたのである。

「まあ、とにかく、お互い生きていてよかった。気がついたらおまえがいなくて慌てたんだぞ。おまえ一人きりでも心配だったが、あの無鉄砲な星矢と二人と聞いて なおさら」
「僕も、氷河ひとりは心配。紫龍が一緒だったなら、僕はもう少し安心しててよかったんだね」
「俺もずいぶん信頼されたもんだ」

とにかく生きて再び会えたのである。
こんな状況下で軽口を叩いてみせる氷河に、瞬はなんとか笑顔を作ってみせることができた。
そして氷河は、瞬の表情に明るさを取り戻させるための最後の仕上げ作業として、瞬の身体を引き寄せると、十数時間ぶりのキスをしたのだった。





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