――瞬は、五感と心に馴染んだ氷河の手の感触と愛撫に我を忘れ、油断していた。
ハーデスはまさに、瞬が最も自らを放棄している機会を選んで、その卑怯な策略を実行してみせたのである。
そして瞬は、あまりに簡単に、その罠の中に落ちてしまったのだった。

瞬は、それまで、当たり前のように信じていたのである。
自分でしても気持ちが悪いだけのことを、氷河にされるのは快い。
氷河だけが特別で、氷河以外の誰かが自分をそういう状態にすることは不可能なのだ、と。
実際、瞬は、これまでにも氷河以外の男や女につきまとわれたことが幾度となくあったが、瞬の感覚はいつの時も、そういう人間たちを不潔なものと感じてしまっていた。
そう感じてしまうのは失礼だと意識では思っても、瞬は自身の感覚までは制御できなかった。

その、瞬が固く信じていたものが、他ならぬ氷河の手によって否定されてしまったのである。
瞬が心身に受けた衝撃は、微小なものでは済まなかった。

自分が弱くもろい存在だと感じた時に、人は実際に弱くなる。
それまでは頑なに自分の力を信じてもいられた幼い子供は特に。
――今の瞬がそうだった。





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