[II]






神々の時間の流れは、人間のそれとは異なる。
ゲーム開始の合図から6年間を、アポロンは、のどかな春の日の午後のひと時を楽しむように のんびりと過ごした。
神にとってのひと時――その間に、あの春の庭で遊んでいた子供たちは世界中に散り散りになった。
再度その庭に戻ってくることができた子供は僅かに10人。
その中には、冥府の王が選んだ子供――瞬――もいた。
子供――といっても、彼等の上には6年の時間が降ったのである。
再びその庭に集った時、彼等は既に大人になりかけていた。

そして、闘いが始まる。
6年という時間は、彼等の肉体を大人にしたが、肉体の成熟に比すれば、彼等の精神面での変化成長は微々たるものだった。
彼等の心を強くしていったのは、むしろ、その後の闘いの方だった。
打ち続く闘いの中で、敵を倒し、愛する者を倒すことさえした彼等の魂は、徐々に、“白い”ものではなくなっていった。

その中で、瞬の魂は、なるほど他の子供たちとは輝きが違っていた。
まださほど強くはないが、6年間の修行の中で 瞬は――瞬だけが――、肉体よりも心を育てることに励んでいたものらしい。
瞬は、身体よりも、むしろ心だけで生きているような――心だけでその強さを保っているような少年に成長していた。

「伯父君は相当の面食いと見える。魂の清らかさだけで選んだにしては……外見も花のようではないか」
それもまた、太陽神の腹立ちの種だった。
目の上のたんこぶのような伯父とは言え、彼の心が自分以外のものに向いているのが癪でならない。
だからこそ、彼は、絶対にこのゲームに負けたくなかった。
伯父の好意や愛情が欲しいわけではない。
ただ彼は、あらゆる人間とあらゆる神――つまりは、この世のすべての者共にとって、自分が最も重要な存在でありたかったのだ。
天に唯一存在する太陽のように。
そういう意味で、このゲームは、アポロンにとって自身のプライドを賭けた戦いだった。
冥府の王が心にとめている者を貶め、その価値を失わせ、自分が冥府の王の特別な存在になるための。

必ず勝たなければならないゲーム。
だからこそ、機会と駒は慎重に選ばなければならない。
アポロンが目をつけたのは、金色の髪をした、瞬の仲間の一人だった。
彼が幼い頃から瞬を気にかけていたことを、アポロンは知っていた。
瞬を見詰める彼の目には、今でははっきりと愛情がこもっている。
瞬も、この仲間を憎からず思っているらしい。
アポロンは、彼を使うことにした。

「あなたの可愛い瞬以外の者の精神を操るのは構わないのでしたね」
世界の東の果てにある太陽神殿の高殿で、独り言のようにアポロンは呟いた。
その呟きをハーデスが聞いていることは知っている。
冥府の王は、瞬に関することは すべてを見、すべてを聞いているのだ。
冥府の王の大切な器――。
その器を壊す仕事に、アポロンはとりかかった。






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