それが氷河でさえなければ耐えられたのだ。 彼に好かれているとうぬぼれていた自分がみじめで、彼に心を踏みにじるのも平気な存在と思われていたことに傷付いて――それもこれも、すべては自分への暴行者が氷河だったせいだった。 自分は本当は氷河に嫌われていたのだと、氷河にその意思を尊重する価値のないものと認識されていたのだと、認めることが苦しかった。 その苦しみに耐えるために、己れの自尊心を保つために、氷河を憎みかけている自分に気付いた時、瞬はそんな自分を拒絶するしかなかったのだ。 「ぼ……くは……」 残酷なことをしている自覚が、もちろん氷河にはあった。 忘れたままにしておいてやれば、今こんなにも打ちひしがれ項垂れている瞬の姿を 見ることもなかった。 瞬だけが、卑劣で我儘な男に好かれてしまったせいで、苦しまなくてもいい苦しみを苦しみ、弱さを許されずに強くあることを求められている――こんな不公平があるだろうか。 氷河は今また、自分が理不尽な力で瞬を犯しているような苦渋を味わっていた。 そんな非道をしておきながら、その人非人は、瞬に頭を下げる以外のことができないのだ。 「魔がさしたんだ。すまない」 「……嘘でも、僕を好きだったからって言ってくれれば、僕はそんなありえない理由だって信じるのに……」 くぐもった声で呻くように そう言いながら、それでも瞬には、それが氷河の誠意なのだということがわかっていた。 他のことならまだしも、こんなことで嘘を言えるほど、氷河は器用でも卑怯でもないのだ。 そして瞬は、そういう氷河が好きだった。 「氷河は、僕のために本当のことを言ってくれてるんだよね。そうだよね、好きだったら、あんなことはできない――」 残酷な男だと思うのに、瞬は彼を嫌ってしまうことができなかった。 目の前で項垂れている氷河を、かわいそうだとすら思う。 「魔がさしたの……」 この不器用で正直な氷河がそう言うのなら、それが真実の、そして 唯一の理由なのだろう。 呟くように、瞬はその非道な理由を繰り返した。 「こんなはずじゃなかった。俺はおまえが好きで――誰よりも好きだった。おまえを幸福にするためになら、おまえの幸福を守るためになら、自分のどんなことも犠牲にできるつもりでいた。あの時の俺は俺じゃなかった。俺のはずがない。本当の俺は、おまえを愛している。あれは俺じゃなかった――」 卑怯な言い逃れと思わないでもない。 その言葉を口にしている自分自身がそう感じるのだ。 瞬には、更に卑劣な言い草だと思われているに違いない。 だが、不幸なことに、それが氷河にとっての嘘偽りのない事実だったのだ。 |