大国ミラノの王女と小国レッジョの王子――二人の成婚の確認が、一部の人間にとって非常に重要な意義を持つ儀式であることは、ヒョウガにもわかっていた。 二人の床入りと結合の成就を確認するための証人の一人として自分が選ばれたことを 光栄に思わねばならないことも、ヒョウガは十二分に理解していたのである。 だが、何が嬉しくて、他人の性行為を見物しなければならないのか。 しかも、ミラノは大国の力に驕り、レッジョ公国側の証人たちをミラノにまで呼びつけていた。 ミラノの王女はレッジョ公国に嫁いでくるというのに、結婚式が催されるのはミラノ、成婚の確認の儀式が執り行なわれるのもミラノ。 本来ならば、この連中がレッジョに出向いてくるのが筋ではないかと、ミラノ公国が出してきた証人たちの顔を眺めながら、ヒョウガは立腹していたのである。 この儀式の証人は10人。 ミラノ公国から8人、レッジョ公国からは、ヒョウガと彼の叔父――つまり現レッジョ公の弟――が、ミラノの王宮までやってきていた。 偽証をする者がないとは限らないので、両国から二人以上の証人を出す必要があることは、ヒョウガにも理解できる。 しかし、ミラノ側から出された8人という数は、どう考えても多すぎた。 王女の父である現ミラノ公と、王女の兄である王子までは許容範囲としても、あとの6人は――。 コトが行なわれる部屋にやってくるミラノの老貴族たちの誰もが、ヒョウガの目には、覗き趣味を持った助平ジジイとしか思えなかったのである。 本日の午後、教会での婚姻の式は滞りなく終わっていた。 まもなく二国間の結びつきが確かなものであることを証明するために、新郎新婦がこの場にやってくるだろう。 無論、証人たちは、夫婦の寝台にかぶりつくようにして性行為の成就を確かめるわけではない。 さほど広くない初夜のための部屋に置かれた寝台の周囲には半透明のカーテンが掛けられている。 その布越しに、証人たちは政治的に重要な意味のある若い夫婦の性行為を見物する手筈になっていた。 初夜の部屋の準備にいそしんでいた召使いたちが室内から引き上げていった後、ヒョウガは初めて、ミラノ側の8人の証人の中に、実にその場にそぐわない子供が一人混じっていることに気付いたのである。 どう見ても、10代半ば。 ヒョウガは最初、その少年を証人の一人とは思わず、どこぞの老貴族の小姓か何かかと思った。 しかし、改めて見ると、彼の身に着けている衣服は到底 人に仕える者が着る衣服ではなく、それは細かな真珠が縫いつけられた上等の絹でできていた。 まさかとは思ったが、使用人たちがいなくなっても この場に残っているところを見ると、やはり彼は8人の証人の中の1人らしい。 ミラノ公の後ろに、彼は心許なげな様子で控えていた。 「あれは……」 ヒョウガは、彼の叔父に、問題の少年を視線で示し尋ねた。 ヒョウガの連れであるレッジョ公の弟は、この婚姻をまとめるために、これまで幾度もミラノ公国とレッジョ公国の間を行き来していた人物で、自然、ミラノの王宮の事情に通じるようになっていた。 その彼が、ヒョウガの疑念を当然のものと思っている顔で、ヒョウガに頷いてみせる。 「気になるだろう? あの子はスフォルツァ家の子息――といっても分家だが、現ミラノ公の甥に当たる子だ。ミラノ公の弟の次男。もっともミラノ公の弟君――つまり、あの子の父親と母親は数年前に事故で亡くなっていて、今はあの子の兄が家を継いでいるが」 ヒョウガが気にとめた子供の出自を語ってから、彼は、ここからが大事なところだと言わんばかりの顔つきになった。 「現在ミラノ公には、長男である王子と我が国に嫁いでくる王女しか子供がいないことは知っているだろう? ミラノ公国の公位継承権は、その第一がミラノ公の子息、第二があの子の兄、第三があの子供にある。当主である兄がローマに行っているから、その代理として この場に引っ張り出されたんだろう」 「名前は」 「シュン殿というはずだ」 「シュン――」 公位継承権を持つ人間になら、確かにこの儀式の成否はこの上ない重大事だろう。 なにしろ、レッジョ公国に嫁ぐ王女が男子を産めば、彼の公位継承順位が下がることになるのだ。 次期ミラノ公となるはずのミラノの王子は噂通り虚弱そうに見えたし、ヒョウガの視界に映る綺麗な子供は、手足は細いが健康に恵まれているように見えた。 彼が未来のミラノ公になる可能性は決して皆無ではないように見受けられる。 しかし――。 「女も知らないんじゃないか」 「だろうな。だから、婚姻成立の確認もさることながら、ミラノ側の証人たちの中には、あの少年の反応を楽しみにしている者たちも多いようだ」 「悪趣味な」 ヒョウガが渋い顔になると、彼の叔父は、本来ならレッジョ公国の第二位の公位継承権を持っていたはずの甥に、少々歪みのある笑みを投げてきた。 「この確認の儀式自体が、下品な見世物でもあるからな。いや、もちろん、これは重大な儀式でもあるぞ。王女が男子を産んだら、養育はミラノで――と言って、ミラノ公はレッジョ公国の跡継ぎを奪い取りかねない。現ミラノ公も、甥よりは直系の孫に公位を譲りたいだろう。駆け引きはもう始まっているんだ」 「……俺はそういう面倒なことには関わり合いたくない」 覗き趣味の助平ジジイたちは、自分が重要な儀式の証人に選ばれたことに喜び勇んで この場にやってきたのだろうが、シュンはそうは見えない。 ヒョウガは、ミラノ公国の第三位公位継承権を持つ少年に、同情を覚えた。 何を確かめなければならないのかということくらいは教えられてきたのだろう。 白い夜着1枚だけを身にまとった王女――シュンには従姉に当たる、まだ10代の少女――がその身を寝台に横たえると、シュンはいたたまれなさそうに顔を伏せてしまった。 大国の高貴な貴公子様の頬は蒼白で、羞恥よりも恐れの感情に支配されているように、ヒョウガには見えた。 |