「この者が私の甥であり、ミラノ公国第3位の公位継承権保持者であることを確認する」 ミラノ公は、この儀式に立ち会う証人の数を可能な限り減らそうとした。 しかし、生まれるかどうかもわからない子供――言ってみれば架空の子供――を確認する場合とは異なり、これは現に生きて公位継承権を持つ者の進退を確認する儀式なのである。 その証人の数を1桁に減らすことすら、ミラノ公にはできなかった。 そのミラノ公を含んで、ミラノの大貴族たちが十数人、これから神の意に反するシュンの行為を確認することになる。 シュンの伯父は、まだ幼いと言ってもいいほどに若い甥の耳許で、声をひそめ囁いた。 「シュン、今ならまだ間に合う。おまえがこんな馬鹿げた儀式に臨むことはない。そんなに彼と離れたくないのなら、彼を我が国で捕縛しよう。レッジョ公には、罪人を捕らえたとでも何とでも適当な理由を作って通達する」 「ヒョウガの自由を奪うようなことをしたら、僕がヒョウガの愛を失います」 「シュン……」 シュンの決意は動かし難い。 その事実を知らされると、ミラノ公には、もはやこの屈辱的な見世物行為からシュンを逃れさせる術を見付けることはできなかった。 ミラノ公に続き、他の貴族たちもシュンがシュンであることを確認する。 「間違いなく。スフォルツァ家のご次男」 「シュン殿ですな」 彼等の中には、滅多にない見世物に興味津々という顔をしている者もいたが、理解不能という表情を呈している者たちも多かった。 持てるものを捨てるために自らの意思で屈辱の中に我が身を投げ出そうとする、清楚と潔癖で その名を知られた少年。 世俗的な価値観と世俗的な欲を持った者には、シュンの決意は理解し難いものだったのだ。 シュンの兄は、その場にはいなかった。 そんな浅ましい場面は見たくもないと言って、彼はその場に立ち会うことを断固拒否したのだった。 兄はいないにしても、ここにいるのは全員が顔を見知った貴族たちである。 今更羞恥の心に負けて怖気づくつもりはなかったが、自分がこれから彼等の前で服を脱ぎ、ヒョウガにあの苦痛と屈辱に満ちた行為をされ、泣き叫んだり呻いたりするのかと思うと、シュンはいたたまれなさに頭がどうにかなりそうだった。 ヒョウガと共にいるため、ヒョウガの側にいるため、ここで逃げ出したら二度とヒョウガには会えない――。 必死に自分にそう言いきかせて、シュンは、これから二人がその行為を行なう寝台の周囲に巡らされたカーテンの内に入った。 この場で確かめられるべきことは、シュンの男子としての権利放棄の一事なので、その相手はヒョウガでなくてもいいわけなのだが、ヒョウガはそこにいてくれた。 いたわりと同情と不安と責任――様々な感情と考えの入り混じった複雑な色の目をして、彼がシュンを見詰めてくる。 「あの……僕の我儘に巻き込んで、迷惑かけてごめんなさい」 「……」 厄介な人間と関わりを持ってしまったせいで、どんでもない災難に巻き込まれることになったヒョウガに、シュンは顔を俯かせるようにして謝罪した。 ヒョウガが、無言でシュンを抱きしめてくる。 「本当にいいのか」 「ここまできたら、もうあとには引けないでしょう」 ヒョウガの胸の中で、シュンは懸命に笑ってみせたのだが、それは当然ヒョウガの目に見えるものではなかった。 「そんなことはない。俺の不手際でできなかったと言えばいいだけのことだ」 「ヒョウガ……」 それがヒョウガにどれほどの不名誉を与えることになるのかを、シュンは、ジョヴァンニ・スフォルツァの例を思い起こすまでもなく知っていた。 そんな不名誉をヒョウガに負わせるわけにはいかない。 シュンは彼のために精一杯の虚勢を張った。 「せっかく決死の覚悟でここまで来たんだから、そんなことで僕をがっかりさせないで」 その強がりを自分がどこまで保てるのか、シュンには正直自信がなかった。 ヒョウガがシュンの唇に唇を重ね、その唇を離すことなくシュンの身体を抱き上げて寝台の上に運ぶ。 「あ……」 身体を敷き布の上に横たえられただけのことで、シュンの心臓は早鐘を打ち始めた。 多少の苦痛は伴うかもしれないが、羞恥に耐えさえすれば、それは命に関わるような重大事ではなく、誰もが為していることなのだと、シュンは必死に自分に言いきかせ、自分を励まし続けた。 人に見られるか見られないかの違いがあるだけなのだから、何も恐がることはないのだと、懸命に。 その部屋に入った時に、シュンは既に 膝までの丈の夜着一枚だけの格好にさせられていた。 ヒョウガがシュンにキスをしながら、その裾をたくしあげ、シュンの脚に手で触れる。 ヒョウガの手は熱く、シュンはその手の熱さにも怯えることになったのである。 「シュン……」 シュンの五感は、その心同様、常にも増して過敏になっている。 ヒョウガは、小さな子供をいじめているような罪悪感を覚え始めていた。 レッジョの王子の成婚確認の時には、義兄の手際の悪さを嘲笑ったが、同じ立場に立たされると、早く済ませてやりたいという気持ちが先走って、そうするためにはどうすることが最も有効な愛撫なのかもわからない。 シュンにこの行為の経験がないことは確実で、自分の手に触れるものが 他の誰にも触れられたことのない肌だということは、ヒョウガにはすぐにわかった。 やわらかく清潔で子供のような肌。 その白い肌は、全身が羞恥の色に染まっていた。 そこここを愛撫すると そのたびに小さく驚いたような声をあげるシュンの緊張は、一向に消える気配を見せない。 こんなことなら いっそ、一度でいいから練習をしておくのだった――とヒョウガは思ったのだが、それも今となっては後の祭りというものだった。 いっそ逆療法を試してみるのもいいかもしれないと考え、その必要はないのに、ヒョウガは、シュンが身に着けている夜着をシュンの身体の上から取り除いた。 ヒョウガの目の前に、シュンの裸身がさらけだされる。 「あ……あの」 「シュンを全部見たい。見ているのは俺だけだ」 「あ……」 ヒョウガの言葉に、シュンがほのかに目許を赤く染める。 シュンがそのまま恋人の言葉と視線に説得されてくれることをヒョウガが期待した時、半透明のカーテンの向こうから忌々しい助平貴族の声が、二人の耳に届けられた。 「シュン殿は、初めてのようですな」 途端にシュンの心は、二人だけの世界から 現実という残酷な場所に引き戻されてしまったらしい。 自分は人にそんなふうに思われてしまうような“作法”に合っていないことをしてしまったのかと懸念し、青ざめ、シュンはすがるような視線をヒョウガに向けてきた。 「ヒョウガ、僕、何か――」 「何も考えるな。おまえは何も気にしなくていい。愛してるから」 「僕、でも……」 そんなことを言われても、カーテンの向こうではちらちらと幾つもの人影が揺れ動き、彼等は確実にこの寝台で行なわれることに意識を集中しているのだ。 気にするなという方が無理な話だった。 「実は私も初めてですよ。男同士の成婚の確認など」 不粋で思い遣りのない忍び笑いが、シュンの身体を強張らせる。 ヒョウガはシュンの意識を外から内に向かわせるため、自分こそが外界のことを忘れることにした。 今 彼の胸の下にあるものは、一生触れることは叶わないかもしれないとまで思っていたシュンの身体である。 うまくやらないと二度と触れることができなくなるかもしれないシュンの身体だった。 |