「ヒョウガ、やめて……待って、いや、ああ……!」 シュンが嗚咽に似た声をあげるたび、シュンの身体は その中にいるヒョウガを刺激する。 ヒョウガは、シュンの中がどうなっているのかを、もっと確かめたかった。 繊細でやわらかく、だが、じわじわとヒョウガに絡みついてくる、その感触。 それはまるで苦痛に喘いでいるシュンとは違う命を持って生きているもののように思われた。 潔癖で何も知らないシュンとは別の生き物が シュンの中に潜んでいて、ヒョウガを味わうためにヒョウガにまとわりついてくる。 我が身を食われるようなその感覚を、ヒョウガはもっと感じていたかった。 シュンの中と外は、本当に全く別の生き物のようだった。 シュンの唇はかすれた嗚咽を洩らし、なぜ人はこんなつらいことをするのだと、言葉になっていない声で訴えている。 だが、シュンの身体の内側は、まるで生まれて初めて自分以外の命に出会ったことに歓喜する孤独の国のただ一人の住人のように、ヒョウガを捕まえ離そうとしない。 どちらを信じればいいのかを迷った挙句、ヒョウガは、その両方がシュンであることを認めねことになった。 シュンは、自分の中にいる もう一人の自分に気付いていないだけなのだ。 「ヒョウガ……いつまで……いや、もう……」 「俺がどれだけ歓んでいるのか察してくれ。シュン、おまえは素晴らしい」 「え……」 「もう、他の誰もいらない。おまえだけだ」 「ヒョウガ……」 ヒョウガは、シュンがどれほど泣いて頼んでも、彼の哀れな恋人を楽にしてやるつもりはないらしい。 むしろ更に強く抱きしめ繋がりを深くしようとするヒョウガに、シュンは涙に濡れた瞳をみひらいた。 ヒョウガの呼吸は荒く、心臓は力強く脈打ち、シュンの中にいるそれは いよいよ力を増している。 (ヒョウガ……気持ちいいの……?) そうなのだと気付いた瞬間に、シュンの身体には大きな稲妻に打たれたような衝撃が走ったのである。 それまでは苦痛でしかなかったものが、シュンの中で、突然違う何かに変わった。 シュンの身体の中を、背筋に沿って、人と同じ体温を持った蛇が這うような感覚が這い登る。 それはすぐにシュンの心臓を貫き、喉を通り、脳に至った。 「あああああっ」 途端にシュンは何も見えず、何も聞こえなくなってしまったのである。 カーテンの向こうにある好奇に満ちた幾つもの目すら、意識の外に消えていった。 シュンを傷付け苦しめているヒョウガの肉体の存在さえ、 否、ヒョウガは確かにそこにいた。 シュンの身体の中心と、シュンの口腔の中と、シュンの意識を形作る脳の中。 今のシュンに感じ取ることのできるヒョウガはそれだけだった。 そこにいると意識していないヒョウガの背に 細い腕をしがみつかせて、シュンは大きくのけぞった。 これは痛みではなく、常の人には耐えられないほどの快楽だと、シュンの身体がシュンに訴え始める。 シュンは、自分の身体の主張に逆らうことができなかった。 「あ、あ……いや……どうしてこんな、ああ……っ!」 そうするつもりはないのに自然に腰が浮き、それはシュンの意思を無視して勝手に動き始める。 身体の中にいるヒョウガと、シュンを抱きしめている外側のヒョウガ。 二人のヒョウガに同化を求められることに、シュンは歓喜し始めていた。 ヒョウガはヒョウガで、二人のシュンによって内と外から同時に与えられる刺激に耐えるのに必死だった。 シュンの声と吐息は甘く、その肌は熱くやわらかく、その身体の中は嵐のように奔放で情熱的だった。 早く終わらせてやりたいと思っていたのに、今はできる限りシュンの中にいる時間を長引かせたいと思う。 「あっ……ああ、ヒョウガ……ヒョウガ、どうして……」 シュンは赤ん坊のようなすすり泣きを洩らし始めていた。 それが極端に激しい快感によるものだということは、ヒョウガにも もはや疑うことはできなかった。 無論二人の周囲にいる者たちにも、それは認識されていただろう。 やわらかい髪を振り乱し、間歇的な喘ぎを発し、シュンは痙攣するように身体を震わせ続けていた。 「あ……あ、ヒョウガ、もっと奥……きて、僕の身体……全部……もう……」 自分が何を口走っているのか、それは既に当のシュン自身にもわかっていなかった。 とにかくシュンは、身体の内と外でヒョウガをもっと感じ、自分の中に彼を取り込み、二度と離れられないものにしたいと、今はそれだけを願っていたのだ。 シュンの豹変振りに、ヒョウガはもちろん驚いた。 しかし、その間にもシュンはヒョウガに絡みつき、締めつけ、ヒョウガが驚きだけに身を浸すことを許さない。 「シュン、いいのか」 「い……い? あ……あ、そう、いい、いい、ヒョウガっ!」 シュンは本当にこの行為に極度の快楽を覚えているらしい。 その事実に驚嘆しつつ、ヒョウガが更に身を進めると、シュンの歓喜の声は更に大きくなった。 僅かに身を引くと、シュンの声は非難の悲鳴に変わる。 力を込めて突き上げると、シュンはこれ以上は無理なほど身体を反らせ、全身を喜悦の色に染め上げた。 「あああああ……!」 シュンは、初めて経験する尋常でない歓喜法悦に気を失う寸前に見えた。 だが、シュンは気を失ったりはしなかった。 ヒョウガが律動を始めると、薄れ乱れていく意識とは逆に、シュンの中の生き物が新たな覚醒を成し遂げたように活発に動き始める。 内外二人のシュンは、完全に同化を果たしてしまったらしい。 今ではシュンの外側の身体も、終わらない絶頂感に気が狂ったように、寝台の上でのたうちまわっている。 「い……い、いい、ああ、ああ、神様!」 初めての、しかも神の意に反した性行為で快楽の限界に達したシュンが、ほとんど聞き取れないほど かすれた声で最後に呼んだのは、彼の恋人の名ではなく、彼が不敬を働いている至高の存在そのものの呼び名だった。 |