その日、最初に某神の呪いの効果に気付いたのは、慰安旅行という名目で聖域の清掃活動に駆り出されていた青銅聖闘士の一人だった。 氷河をひとり残してベッドを抜け出し、かつて双子座の黄金聖闘士が一人芝居をするのに利用していたという鏡の前に立った時、瞬は、その異変に気付いた。 「え……?」 鏡に映る自分の姿を見た時、そのあまりの醜悪さに、瞬は、ゴルゴーンの姿を見て石になってしまった 外見は昨日までのそれと全く変わらないのに、その姿が恐ろしく醜く見える。 己れの姿に驚愕し、言葉を失っていた瞬は、やがて、こんな醜い顔を平気で人前にさらせていた昨日までの自分自身に戦慄することになったのだった。 「おはよー、瞬。氷河はまだ寝てんのか?」 瞬と同様、清掃ボランティアに駆り出されて聖域に来ていた星矢が、昨日までと同じように、瞬に朝の挨拶を投げかけてくる。 仲間の声と姿を認めた瞬は咄嗟に顔を伏せた。 そして、自分の声までが変わってしまっていることを危惧しつつ、小さな声で答えた。 「あ……うん。硬いベッドが寝にくいって、朝方まで起きてたから」 幸い、声に変化は感じられず、瞬はただそれだけのことに泣きたいほどの安堵を覚えたのである。 はるばる日本からやってきた聖域清掃要員たちには、その宿舎として、今は住む者とてない教皇の間のある建物の各部屋が与えられていた。 聖域にある寝台は、あくまでもイオニア式建造物の外観との調和を重視し、オーダーメイドの石作り。 その上にいくらマットレスを重ねても、石の硬さは消し去れない。 彼等は聖域に来てから、そういう寝台に横臥することを余儀なくされていたのだった。 「んでも、硬い方がいいんじゃねーのか。アレするには」 「うん、そうだね……」 瞬は、仮にも 『こんな硬いベッドは初心者にならいいかもしれないが、俺みたいな熟練者には不向きだ。やわらかいベッドに沈んでいくおまえの身体を追いかけるのが楽しいのに』 とか何とか、ぶつぶつ文句を言っていたことに言及する気力は、今は湧いてこなかった。 むしろ瞬は、氷河のそんなふざけた言葉を思い出し、彼が自分のようにみっともない顔の相手と平気で同衾に及ぶ事実を疑い始めることになったのである。 「……瞬?」 星矢は、瞬のその反応を大いに訝った。 当然である。 星矢は、瞬の羞恥や焦慮を交えた反応を期待して、極めて品のないからかいを口にしたつもりだったのだ。 だというのに、その瞬に、まるで慌てた様子も恥じらった様子もない反応を示されてしまったのだから。 そもそもなぜ瞬は、先ほどからずっと不自然に顔を伏せたままなのか。 瞬の様子がいつもと違うことを訝った星矢は、瞬の顔を覗き込むように、首を大きく右に傾けた。 「あれ? 瞬、おまえ、何か感じ変わった?」 「あ……」 星矢の視線から逃れるために、瞬が慌てて顔を逸らす。 「おい、瞬。どうかしたのか?」 星矢に重ねて尋ねられた瞬は、そこでいつまでも仲間の視線から逃げ続けることはできないことを悟った。 悟るなり、瞬は、脱兎のごとく仲間の前から逃げ出したのである。 |
* 聖域にいる最も気高く最も美しい者が瞬であることへのクレームは受け付けません。
* 私の目にはそう見えるのです。 |