「なに、あれ」 「似合わない〜」 瞬の混乱を──あまり嬉しくない方向にではあったが──静めてくれたのは、アテネの街の雑踏の中からふいに漏れ聞こえてきた日本語だった。 免税店の前で揉めていた氷河と瞬の姿を目にとめた、どうやら日本からの観光客らしい。 「いわゆる美男と野獣ってやつ〜?」 「野獣に失礼よ、それ。劇団五季の『美女と野獣』観た? 野獣、結構可愛かったんだから」 異国の街にいる金髪の男とその連れに日本語が理解できるはずがない思い込んでいるらしく、彼女たちには声を潜める配慮もない。 しかも、思ったことを、言葉も飾らずに言ってのける。 瞬は、彼女たちのやりとりで、正しい現実をはっきりと認識した。 氷河の目や言葉より、全くの他人の目の方が客観性を有しているに決まっている。 瞬は、彼女等の言葉を信じないわけにはいかなかったのである。 氷河の容貌が人目を引くことは、瞬もよく知っていた。 が、これまで瞬は、その氷河と一緒にいて、彼に見劣りがするという類の評価を受けたことがなかった。 瞬と氷河がいる時、大抵の人間は、まず氷河の金髪とその面差しに目を奪われ、それから瞬に視線を移して納得したような顔になる。 それが、これまでに幾度も瞬が経験し、慣れっこになっていた“人の目”だった。 自分が少女に見えるのは昨日までと変わらないらしいが、やはり自分の姿が人の目に醜悪なものに映ることは紛うことなき事実なのだ──。 瞬はその事実を確認すると、氷河の胸を押しやり、掠れた声で、 「氷河、僕から離れて」 と言った。 「何を言ってるんだ?」 氷河は、なぜ自分が瞬にそんなことを言われるのか、まるで訳がわからないらしい。 怪訝そうに眉をひそめる氷河が、彼のその反応が、瞬にもまた理解できずにいた。 どう考えても、おかしいのは氷河の目の方である。 普通の人間なら目を背けずにいられないものを、嫌悪の表情も浮かべずに見詰めていられる氷河の方がおかしい──のだ。 瞬の混乱は、そろそろ頂点に達しかけていた。 |