「ほほほほほ。私が瞬を殺すだなんて、そんなことがあるわけないでしょう。私は、聖域にいる最も気高く最も美しい者が私でなかったからといって、私の聖闘士に嫉妬するような狭い心の持ち主ではないわ」
説明的なセリフを吐いて高笑いする沙織のこめかみは、微妙にぴくぴくと引きつっていた。
彼女の立場を考えれば、その引きつりは致し方ないものだったろう。

無論、智恵の女神は賢明にして聡明である。
彼女は瞬を逆恨みするような愚行に及ぶことはなく、また、自身のこめかみの引きつりの元凶が馬鹿な呪いをかけた彼女の親族だということも正しく承知していた。

──アテナの問題の親族は、アテナの玉座の前に石の床に、居直ったように足を崩して座っていた。
壮年の男で、確かに容姿に恵まれているとは言い難い様子をしている──青銅聖闘士たちにはそう見えた。

「でも、オリュンポス12神の一柱の呪いも大したことはないわね。私の目には瞬は昨日までとまるで変わらずに見えるわ」
「俺や星矢は、少し印象が変わったように見えるような気もするんです。とは言っても、瞬は可愛いままなんですが」

後半の1センテンスは言わずにいた方がいいセリフだった。
氷河にぎろりと睨みつけられた紫龍は、慌てて──もとい、むしろ呆れて、
「おまえに睨まれるような意味で言ったんじゃない!」
という弁解をすることを余儀なくされたのである。

「瞬が可愛いのは当然だ。特にさっき醜い魔女共を見たばかりだからな。瞬は今日は特に輝いて見える」
「ああ、瞬をけなしてた奴らな。何か歪んだ顔してたよな〜。鬼ババァみたいに口が引きつっててさ!」
い〜っと、両手の指で口の端を引っ張って、星矢が突然百面相を始める。

滅多に聞けない星矢の本気の悪口を、アテナは立場上たしなめてみせた。
「あまり、その人たちを責めないことね。その人たちは、瞬の人となりを知らないから、神の呪いに単純に反応しただけなんでしょうし、私たちは、瞬の心栄えの美しさを知っているから呪いに惑わされなかっただけ。あなたたちの目にね、その人たちが醜く見えるのもね、あなたたちがその人たちに瞬を貶められて、彼女たちを嫌な人間だと決めつけている気持ちに負うところが大きいと思うわ。人の視覚というものは、私たちが思っている以上に見る者の感情に支配されているものなのよ」

「決めつけてるんじゃなく、ほんとにヤな奴等だったぜ」
星矢が、少しだけ語気を弱めて、沙織に反駁する。
沙織は、幼い子供のような顔で意地を張り続ける星矢に苦笑を向けた。
「でも、忘れてはいけないわ。世の中には、彼女たちが美しく見えている人間もおそらく存在すること、彼女たちが思い遣りをもって接する人もいるだろうことをね。でなければ、彼女たちがあまりに哀れでしょう。この世界に優しさというものを全く持たない人間が存在するとしたら、私たちが、仲間のためだけでなく全人類のために闘う意味もなくなってしまうわ」

「…………」
沙織は時々本当に女神らしいことを言うことがあるので、星矢は彼女に頭があがらなかった。
口をとがらせながらも、星矢は彼の女神にごく浅く頷いた。






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