「ともかく、呪いが解けてよかったわ」 氷河の正論という呪いから最初に立ち直ったのは、やはり女神その人だった。 彼女は、彼女の兄弟である某神に向き直って、ここがアテナの威厳の見せどころとばかりに、堂々たる演説をぶち上げ始めた。 「アテナの聖闘士たちが私に従うのは、私の外見が美しいからではないわ。ええ、もちろん私が美しいのは事実だけど、でも、私の聖闘士たちが私のもとで闘ってくれるのは、地上に住む人間たち向けられた私の大いなる愛ゆえのことよ」 「かてて加えて、10代の女の子のそれとも思えない迫力、貫禄、恐らせると恐いとこ」 その胸に大いなる愛を抱くアテナは、いらぬ茶々を入れてきた星矢の脇腹に、ばきっと肘の一撃を食らわせた。 呻く星矢を尻目に、自らの兄弟神に再度向き直る。 「あなたが欲しているのは本当は、闘いでもなければ、自分の言う通りに動く 実にきついことを、智恵と闘いの女神は至極あっさりと言ってのけた。 確かにそれは事実であるには違いなかったが──もとい、事実であるからこそ、それは、きつい言葉だった。 彼の呪いの被害者である瞬が、彼に同情するほどに。 もっともその場で彼に同情しているのは瞬だけだったのだが。 アテナの聖闘士たちは、星矢でさえ、そういうことには案外シビアだった。 軽蔑の念しか抱けない者を相手に命を懸けた闘いを強要されては、アテナの聖闘士もたまったものではない。 「ポセイドンやハーデスは、彼等なりの理想を掲げ、彼等なりの信念というものを持っていたわ。海闘士や冥闘士が伯父たちに従っていたのは、その外見のせいなんかじゃない。あの伯父たちの掲げる理想や信念に彼等が共鳴していたからよ。聡明なあなたのこと、それがわからないわけではないでしょう」 「…………」 華々しい活躍(?)を続ける親族への妬みに心の目を曇らされてさえいなければ、アテナの兄弟神である彼は、本当は相当に聡明な神だった。 アテナの意見に返す言葉を見つけられずに、彼は無言で目を伏せた。 彼は本当は、外見などというものに全く価値を置いていなかった。 それは、彼自身の責任の及ぶところのものではない。 彼はただ、自分が理想も信念も力も持たず、そのために他人を惹きつける魅力をも有していないことを認めないために──ただそれだけのために──己れの無力を、自分自身の責任を問われない外見のせいにしようとしただけだったのだ。 そんなことは、本当は最初から彼も知っていた。 わかっていたのに、妬みという感情が、その“わかっていること”を、彼に忘れさせたのだ。 「聡明なあなたのこと、同じ轍を踏むことはないと信じて、今回のことは公にはしないわ。ただし、今度から呪いをかける時には、聖域にいる最も気高く最も美しい“女神”にかけるようにしてほしいわね。また私の聖闘士にとばっちりがいくようなことがあったら、私がつらいわ。ほーっほっほっほ」 「……女神の体面保つのも大変だなー」 高笑いをするアテナに、言わずにいた方がいいことをぼやいてしまった星矢は、もう一度その身にアテナの肘の一撃を受けた。 ──アテナの兄弟神は、今は悪い夢から醒めたような気分だった。 アテナとアテナの聖闘士たちのやりとりを見ている限り、彼等は決して他人に羨まれるような華麗絢爛な日常を送っているようには見えない。 アテナは生意気な聖闘士たちに相当苦労しているようだったし、聖闘士たちもアテナには苦労させられているらしい。 今の彼は、こんな集団を羨み妬み続けていた昨日までの自分を殴りつけてやりたい気分でいっぱいだった。 |