「この夏、グラード冷凍冷蔵食品工業が、新しいアイスクリームのブランドを出すことになったんだ。で、そのシリーズの主力製品がバイオレットピーチ味とかいうアイスなんだそうでな、その広告宣伝のイメージキャラクターに瞬が起用されたというわけだ。ま、瞬を推薦したのは沙織さんなんだが、アイスクリーム会社の社長と広告代理店の担当者が滅茶苦茶瞬を気に入ってしまって、一も二もなく起用が決まった。このポスターは広告代理店が先週プレゼン用に作った試し刷りだ。よく出来てるだろう」 「…………沙織さんまでが、この詐欺の片棒を担いでいるのか」 ほとんど絶望的な気分になって、氷河は低くうめいた。 仮にも経済価値というものを熟知しているグラード財団の総帥なら、瞬の値段くらい正しく把握できているはずではないか。50万のアイスクリーム券が5億の契約金だとしても、グラード側の損にはならないことくらい。 そして、それ以上に、瞬にそんな真似をさせることを、瞬の恋人が許すはずがないことを。 「なぜ、その話が俺の耳に全く入ってこなかったんだ。なんで、瞬の相手を貴様なんぞがしている。なぜ、瞬が貴様なんぞに付き合って、服を脱がねばならんのだ…!」 紫龍だけならともかく、アテナまでが、瞬自身の貞操(?)よりも、氷河の立場(?)よりも企業の利益を優先させたのだという失望と落胆とが、氷河の声から語気を奪い取る。が、そのせいでかえって、氷河の怒りは凄みと迫力を増し、彼はその全身に殺気すら漂わせ始めていた。 どうやら、氷河がこのポスターを気に入っていないらしいことに、遅ればせながら気付いた瞬は、その理由がわからずに困惑顔。 瞬としては、綺麗な写真を撮ってもらえた上、多額のアイスクリーム券を貰うことができて、『これで氷河とたくさんアイスクリームを食べられる♪』と、すっかり浮かれまくっていたのである。 氷河も喜んでくれるはずだと、瞬は疑いもなく信じていたのだ。 だというのに――。 一方、氷河の怒りを正しく理解できている紫龍の方は、しかし、相変わらず平然としたものである。彼は、嫌味なほど理路整然と、氷河の質問に順番に答えを返してよこした。 「瞬自身の承諾が取れているのに、なぜ貴様にわざわざ報告しなければならんのだ。主力商品のバイオレットピーチの、バイオレットの方が俺のイメージだとカメラマンに言われて、俺だって仕方なく付き合ってやったんだ。広告代理店の担当者とカメラマンが、どーゆーわけかハー○ンダッツのCMへの対抗意識が強くてな。合言葉が『ハーゲ○ダッツよりセクシーに』だったらしい。いやー、瞬も俺も最初はちゃんと服を着ていたんだが、カメラマンの口のうまさに乗せられて、気がついたらこーゆーことになっていた」 「貴様、そんな白々しいことをよく口にできるな。貴様が人を乗せることがあっても、乗せられることなんぞあるものか…! 貴様とカメラマンがつるんで瞬を混乱させ、瞬からまともな判断力を奪ったんだろーが!」 氷河の断言を否定はせず、紫龍は口許に薄い微笑を刻んだ。 「まあ、おまえよりはうまく脱がせられただろうと自負はしている」 「ぐ……!」 この場合、氷河にできることはただ一つ、紫龍への反駁を耐えることだけだった。 下手に反論して紫龍の言葉を事実と認めざるをえない事態に陥ることを、賢明にも氷河は、理性を総動員して避けたのである。 |