「…………氷河、やっぱり怒ってる……」 瞬の瞳にまたじわりと涙が滲んでくる様を見せられて、氷河は――氷河の方こそ泣きたくなってきてしまったのである。 何故、瞬は嫉妬という感情を理解することができないのだろう。そして、その感情をはっきり口にしてしまえないプライドの存在――というものを。 『何故』と胸中で問いかけながら、氷河にはその答えがわかっていた。 それは、瞬が妬心というものを抱いたことがないからなのだ、と。 誰からも愛されるという才能と、誰をも愛することのできるという才能を持った瞬には、そんな負の感情の持ち合わせがないのだ。 そんな特殊な人間がこの世には存在するのだということを、氷河自身、瞬に出会うまでは想像したことすらなかった。 「怒ってなぞおらん。俺はただ……」 氷河は、そんな瞬を好きになってしまった自分に自分で同情しつつ、だが、瞬を責めることはできなかった。 できるはずがない。 瞬には、何の罪もないのだから。 「ただ……何?」 小首をかしげて尋ねてくる瞬に、氷河は絶望的な気分で、無駄と知りつつ、その“負の感情”を説明してみたのである。 「だから……俺は……俺はだな、おまえが、俺以外の男とこーゆー風に絡んでいるのを見るのが不愉快なんだ。わかるか?」 瞬にわかるはずがない。 わからないながら、それでも、瞬は必死に氷河の言葉を理解しようと努めたらしかった。 そうして瞬が導き出した解決策は。 「ね、だったら、このポスター、僕と氷河とで撮るようにしてもらお? それならいいよね? それなら、僕も、あの社長さんとの約束破ったことにはならないでしょ。氷河とだったら、あんなふうにされてもいつものことだから平気だし、きっと、アイスクリーム券も返さなくていいと思うけど……。ね、紫龍、そうでしょう?」 そう尋ねられて、瞬に微笑を返した紫龍の眼差しには、文字通り目一杯、氷河への哀れみの色が浮かんでいた。 そして、僅かに平生の彼らしからぬ冷ややかさが。 紫龍はその冷淡さをすぐに、いつもの穏やかさの中に隠してしまったが。 「まあ、それなら契約違反にはならんだろう。あのシリーズは、バイオレットピーチの他に、バナナ&ピーチ味も出すことになっているし。もともと、沙織さんはおまえと氷河の二人を起用したがってたんだ。しかし、氷河はそんな話は受けないだろうと踏んで、瞬にだけ話を持っていったんだからな」 「わーい。じゃ、そーしよ。ね、氷河」 もう決まったことのように頬を上気させて喜ぶ瞬と、その瞬を見てなお、その提案に乗り気になれずにいるらしい氷河を見て、紫龍がトドメの一言を口にする。 「ま、俺は少々残念だがな。瞬はやたらと抱き心地が良くて、あれを撮ってる間、ずっと楽しませてもらったし」 「……!」 わざとらしい挑発とわかっていても、氷河はその挑発に乗るしかなかった。 そうする以外、彼には為す術がなかったのである。 そうする以外に、最低最悪不愉快極まりない事態を回避する方法を、氷河は見付け出すことができなかったのだ。 |