「着いたぞ」
 目がさめると日本だった。
 しかも、城戸邸。
 僕たちはそれぞれ自分の荷物を持って城戸邸に入る。僕も自分の荷物が入ったカバンと、クロスのケースを担ごうとした。
 え。
 全く持ち上がらない。
 もう一度持ち上げようとしたけれど、持つ事ができない。
 どういうことだろう。こんなことは、ずっと前にあった。そう、聖闘士になる以前。コスモがなかった頃のことだ。まさか、コスモがなくなったのか?
 僕はクロスを前に途方にくれていた。
「どうした?」
 氷河が僕の側に来た。
「うん。なんだか変なんだ」
 まさか、コスモが感じられないとはいえない。
「変って、何が?」
「…うん…」
 僕は返答に困ってしまった。兄さんの姿を探そうとしたとき、氷河が僕の顔をあからさまに覗き込んだ。
「何?」
「顔が赤い」
「え?」
「熱があるだろう?」
 氷河の顔が僕に近づいてきた。そして、僕の額に自分の額をくっつけた。こんな間近で澄んだブルーの瞳をみたのは初めてだ。すごく綺麗で、深い蒼をしている。みたことは無いけれど、シベリアの海のようだと思った。ますます顔が赤くなるのを感じた。
「一輝、お前が瞬の荷物を持って来いよ」
 振り返る氷河の視線の先には兄さんがいた。自分のクロスを持って。
 良かった。本当に居なくならなくて。一緒に居られる。ほっとした瞬間に足から力が抜けた。氷河はすぐに僕を抱きとめると僕を抱きかかえた。
「っぁ」
 小さい僕の悲鳴。氷河は小走りに城戸邸に入った。真夏の暑い日差しを感じさせない邸内。それに反して、僕の体は熱かった。高熱が出ていることが否応なくわかる。
「瞬、すぐに医者を呼んでもらうから」
 僕をベッドに横にすると氷河は部屋を出ようとした。
「僕は、大丈夫だよ。意識だってはっきりしてるし」
「馬鹿言うな。そんなに顔を赤くして、大丈夫なはずはない」
「でも、大丈夫」
「オレが大丈夫じゃない」
「え? 何言ってるの」
 氷河は僕の側に来ると、僕を抱きしめた。強く、強く、とても心配してくれているのが伝わってきた。
「…氷河…」
 氷河は蒼い瞳で僕をみつめる。
 なんだろう。変な感じがする。
「…瞬…」
「ごめん、氷河。おとなしくしてるよ」
 僕はこの変な感じを変えようと笑顔で答えた。
 氷河は医者を呼ぶために部屋を出て行くと、さらに僕の体は熱くなっていった。手足が自分の体なのに自分の体ではないような感覚に襲われる。
「…はぁ…はぁ…」
 熱のせいだ。体の奥から熱を放出しようと息が上がる。自分でも胸が大きく上下するのがわかる。
 苦しい。
 …熱いよ
 僕は、もはや動くことすら出来なくなっていた。
 ドアが開いた音がした。
 僕は眼を開けることもなく、ただ、喘いでいた。
 誰だろう?
 氷河かな。
 先生を呼んできてくれたんだ。もう少ししたら楽になれる。
 氷河は僕の側に来ると、額に手を当てた。熱がどれくらいあるのか確認しているんだ。それから頬、首に手を当てる。少し冷たくて気持ちがいい。僕の手を取ると脈を計る。それから、指にキスをした。
 なんで指なんかにキスするんだろう。そのキスはなかなか止む様子も無く、僕の手に降り注ぐ。そして、僕の指を口に含むのがわかった。
「…氷…河…?」
 名前を口にすると、僕の手を捕らえていた唇がビクッとあからさまに驚いた。
 氷河?
 目を開けた時にはすでに部屋には誰の姿も無かった。
 誰?
 僕は考えようとしたけれど、何も考えることが出来なかった。そのまま目を閉じた。
 急に額に冷たいものを感じて目を開けた。そこには氷河が微笑んでいた。
「冷たかったか?」
 僕の額には冷たい濡れタオルが、綺麗に折りたたまれて載せられていた。
「うん。気持ちいいよ。ありがとう」
 僕の枕もとには洗面器に冷たい氷水が置いてあった。
 氷河はやさしく僕をみつめる。
 なんだか、こんな風にみつめられるのは初めてのような気がする。
「…さっき、」
「何だ?」
 さっきのは、氷河?
 聞きたかったけど、聞いてはいけないような気がした。どうしてだかわからないけれど、
「先生、もうすぐ来てくれるってさ」
「うん」
 しばらくすると医者がやってきて、注射をして、薬を置いていった。医者が診ている間は氷河は部屋を出ていた。注射を見るのが嫌なんだそうだ。熱に浮かされる僕は少し笑ってしまった。







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