目がさめると夜中だった。氷河がまだ側に居てくれた。ずっと側で看ていてくれたんだ。僕は嬉しくなって氷河の髪に触れた。
 月明かりがカーテンの隙間から部屋に差し込んできている。注射のおかげか、数時間ぐっすりと眠ったようだ。熱はすっかり下がっている。パジャマは汗で湿っていた。このままでは風邪で熱が出るかもしれない。
 あれ? そういえば、誰がパジャマに着替えさせてくれたんだろう? 確か、城戸邸に帰ってきたときは普段着だったはず。
 僕はシャワーを浴びると新しいパジャマに着替えた。
 枕もとの洗面器の水はすっかりぬるくなっている。僕は自分の右手をみつめた。意識がはっきりしないとき、愛撫を受けた手。あれは、誰だったのだろう。
 そういえば、熱を出していた僕の様子を診にきてくれなかった。もしかしたら、本当に寝ていて気がつかなかっただけかもしれないけど。
 僕はいてもたってもいられなくなって、兄さんの部屋に向かった。扉が少し開いている。
 そういえば、夜中だ。寝ているに決まってる。何を考えてるんだろう。
 自分の部屋に戻ろうとしたとき、
「瞬か?」
 悲鳴が出そうなくらい、驚いた。
「ごめんなさい。こんな夜中に」
「構わん。熱は下がったか?」
「…はい…」
「入ってきたらどうだ? ドアの前に突っ立てるのもおかしいだろう」
 僕は部屋に入った。
「ドアを閉めろ」
 言われるままに、後ろ手にドアを閉めた。
 兄さんはベッドで体を起こして、本を読んでいたようだった。僕は兄さんの側に行き、ベッドに腰をかけた。
 兄が額に手をあてる。
 この感じは、あのときの、だ。
「熱は下がったな。氷河に感謝するんだぞ」
「はい」
 十分に感謝してるよ。
 それより、そんなことより兄さん。
「あれは、兄さんだったの?」
 僕は愛撫を受けた指で、兄さんの唇に触れた。途端に、兄さんの目の色が変わる。驚きと、違うものが入り交ざっている。
「だったら、どうする?」
 挑発的だった。兄ではなく、男の目になっている。
「どうしていいのか、わからないよ」
「弟に、弟としての感情を持ち合わせてない。だから、今までずっと避けてきた。もちろん、これからも避けるつもりだった。だが、お前は、俺に側に居て欲しいと」
「でも、それは兄として…」
「俺にはそれは出来ない。どうする? 瞬が俺を受け入れることが出来ないのなら、俺は出て行く。もし、受け入れることが出来るなら俺はここに残る」
 ただ黙って兄さんを見つめ返した。
 兄さんは僕の両肩を掴むとベッドに押し倒した。じっとみつめられる。それは弟に対する眼差しではない。
「…瞬…」
 兄の唇が僕の唇を塞ぐ。舌が、唇をこじ開けて入ってきた。
「…んっ…」
 思わず、声が出た。感じたとか、そういうのじゃなくて、苦しかった。キスはなかなか終わらない。どれくらい、だろうか。兄さんに対してそんな感情は持ち合わせてないけれど、思わず気が遠くなりそうになって。僕は、兄さんの体を押しのけようとした。けれど、力は強くて全然歯が立たない。
 僕は必死に抵抗を試みる。けれど、力がでない。兄さんが僕をいくら押し付けているとしても、さほどの力ではないはずだ。聖闘士の力は半端じゃない。本気になれば骨くらい砕ける。恐らく兄さんは、僕に逃げられる程度の力で抑えているに違いない。それを押しのけない僕は、兄さん自身を受け入れているのだと思われているのかもしれない。僕だって、聖闘士なのだから。でも、力が入らない。コスモさえ体から感じない。
 もしかして……!
 コスモがなくなったのかもしれない。たとえ、コスモがなくなったとしても常人の力よりは勝っているはずなのに、その力さえもこの体にはないのだろうか。熱で体力を奪われたというだけの話ではない。
 どうしよう…。このままいるわけにはいかない。
「…や…」
 兄さんの唇はやっと僕の唇から離れて、首筋へと移っていった。
 やっとの思いで出した声も、喘ぎに近いものだった。自分の声に恥ずかしさがこみ上げて、僕は顔が真っ赤になるのがわかった。
「…あ…」
 いったん出始めると、そういう声は止まらないのだろうか。思わず声が出た。
「いやだ。兄さん」
「嫌なら、抵抗して逃げればいいだろう」
 耳元で囁くようにいう。
「だめなんです。力が、出ない」
「熱のせいか?」
「違うみたい」
「言っている意味がわからないな」
 兄さんは手を止めると、僕をみつめた。兄さんによって、熱くなりかけた自分を見られるのはすごく嫌悪感がある。
 僕は顔をそらした。
「コスモが全然ない。しかも、力が全然でないんです」
「どういうことだ?」
 兄さんは脱がせかけたパジャマを調えてくれると、僕の体を起こしてくれた。
「わかりません」
「俺を受け入れたわけじゃなかったということだな」
 僕はうなずいた。
「すまない。全然気がつかなかった。お前ならコスモも使わずに逃げられる程度の力で押さえつけたつもりだったから。いいのかと勘違いしてしまった」
「いいんです。僕自身、今始めて気がついたのだから」
「こころ辺りは?」
 僕は記憶をたどる。
「もしかして…」
「もしかして?」
「僕は、願ったんです。コスモなんかいらないって。もう、戦いたくない。誰かを傷つけるなんて嫌なんです。たとえ、それが地球を滅ぼす人物であっても。もう、嫌なんだ。弱い聖闘士だと後ろ指を指されることになっても」
 僕は涙を隠すために、両手で顔を覆った。
 兄さんは優しく僕を抱き寄せてくれた。これは、兄としての気持ちからだろう。
「アテナに相談してみるか?」
 僕は首を振った。
「大丈夫。アテナには相談ではなく報告をします。そして、クロスを返上する」
「それから、どうするんだ?」
「まだ、何も考えられない」
 兄さんは僕を優しく抱き寄せてくれた。
「そうだな。しばらくはゆっくりしたらいい」
 兄さんの声が兄さんから、僕の体に響いてくる。







【next】