兄さんの部屋から自分の部屋に戻ると僕は倒れるように自分のベッドに横たわり、そのままいつの間にか眠ってしまっていた。
 朝方目が覚めると、再び熱を発していた。体が熱い。熱くて仕方が無い。けれど、薬を飲む気にもなれなくて、僕は黙って横たわっていた。
「瞬、具合はどうだ? おかゆ作ってもらったぞ」
 氷河がお盆におかゆを持って入ってきた。
「ありがとう、まだ、眠いから。そこに置いといて」
 僕は必死に熱が出ていることを隠そうと、布団をかぶったまま、氷河をみることなく返事をした。
「そっか。じゃ、これ、ここにおいて置くよ。熱は下がったのか?」
「うん。注射が効いたみたい。よく眠れたし、もう、全然熱も無いよ」
「計ってみたのか?」
「ううん。でも、自分でわかるよ。全然体熱くないし、微熱はあるかもしれないけど、あとは寝てれば大丈夫だよ」
 うまく言えているのかな。わからない。
 「瞬?」
 氷河は僕のベッドに腰をかけて覆い被さるようにてきた。僕は体を縮めた。目を開けると氷河の顔が上から覗き込んでいた。
「目が潤んでる」
 ひと言冷たく言い放つと額に手を当てる。
「熱があるじゃないか。なぜ嘘をつく?」
「ごめん。そういうつもりじゃないんだけど」
「じゃ、どういうつもりなんだ」
「ごめんなさい」
「謝ってほしいわけじゃない。具合が悪いなら悪いでそう言ってくれないと。俺が気がつかなかったらどうするんだ? そのまま苦しむのか」
「ごめん…なさい」
「…瞬…」
 あきれたような氷河の声に、本当に申し訳ない気がした。
「薬飲んだほうがいい。起きて、その前にすこしだけお粥を」
 僕は氷河に支えられるように体を起こした。
「パジャマ着替えたのか」
「うん。汗かいてたから、シャワーも浴びたよ」
「そうか」
「夜中に目が覚めたときは、本当に熱も下がっていたんだ」
「ああ」
 氷河はお粥を少しスプーンに取ると、僕の口へと運んでくれた。けれど、あまり食べる気になれない。ほんの少しだけ、無理に喉に押し流した。
「ありがとう。もう、いいよ」
「食べた方がいい」
「…ありがとう…」
 僕は氷河の手をゆっくりと押しのけた。
「仕方ないな」
 まるで子供あつかいだ。
「本当は何かもう少し口にしてからがいいんだけど、薬だけでも飲んでおいたほうがいいかもしれないな」
 氷河から錠剤を受け取ると口に入れた。コップを手にして僕に渡してくれる。僕はそれを受け取り薬を口に含むと水を飲みこんだ。氷河は僕が薬を飲むのを確認するとお盆を持ち、立ち上がった。
「じゃ、あとで果物をもらってくるよ」
 僕は反射的に氷河の服の裾を握った。
「…おっと…」
 氷河は急に引き止められて驚いたように僕をみつめた。
「何? お粥食べる気になった?」
 僕は首を振る。
 違うよ。
「じゃ、何だ?」
 氷河はお盆をもとのサイドテーブルに置くとベッドの側に座りなおした。
「…あの…」
「ん?」
 氷河の優しい瞳と澄んだブルー。僕は吸い込まれるように氷河の瞳をみていた。
「いいよ。寝るまで側にいてあげる」
 僕は何も言っていないのに氷河はそう答えると、僕の髪を撫でた。僕は不思議と安らぐ気持ちでいっぱいになった。熱のせいか兄さんのせいかわからないけど、気持ちがとても不安定に思えた。
 ふいに、氷河の顔が近づいてくる。また、熱を計ろうとしているのだと僕は思った。けれど違っていた。目を閉じかけたとき、唇に何かが触れた。驚いて目を開けると氷河が僕にキスをしていた。唇を重ねるだけのキス。どうしていいのかわからない。僕は氷河を押しのけようとしたとき、氷河の唇が離れた。
「すまない。こんなことするつもりじゃなかったんだが…。瞬が熱で動けないのをいいことに、卑怯だと言われてもしかたがないが、けして軽んじた気持ちではないことはわかって欲しい」
「何言ってるの? よくわからないよ。僕は男だよ。それに、氷河くらいかっこよかったら他に女の子なんていっぱいいるじゃない」
 僕は困惑を隠せないまま氷河をみつめる。
「女性ならいいとか、そういうことじゃない。俺は一人の人間として、瞬が好きなんだ」
 マーマは別…なのかな。
 ふと、そんなことが頭をよぎった。
「悪かったな。もう、忘れてくれていいから。熱にうなされて悪い夢をみたんだよ。もう、何もしないから」
 氷河は悲しそうに微笑み僕をみつめると、頭を少し撫でてから部屋を後にした。







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