次の日は熱もすっかり下がり、随分落ち着いた。僕は兄さんと氷河に今の自分の気持ちを伝えることにした。
「兄さん」
 僕は兄さんの部屋のドアをノックした。中から兄さんの返事が聞こえた。部屋に入ると兄さんは窓のところにいた。
「なんだ? 熱は下がったのか?」
「はい」
「そうか、良かった」
 兄さんの本当にほっとした顔に僕は少し嬉しくなった。兄さんが本当に心配をしてくれていたことがわかる。
「…あの…。にいさん。この間のこと」
「いい。気にするな。瞬にそんな気持ちがないことくらい、今の態度を見れば十分にわかる。俺は、俺で自由気ままにやるだけだ。アテナのところに報告に行ったのか?」
「まだ、です。本当にごめんなさい。兄さん。兄さんは、僕にとって兄さんなんだ。だから……!」
 兄さんは僕に近づくとそっと抱き寄せた。
「いい。皆まで言うな。瞬を苦しめたくて気持ちを告白したわけじゃない。もう、気にするな。俺はお前の良き兄であるように勤める」
「ありがとう、兄さん」
 あの時の男としての腕ではなく、兄としての腕の中で僕は安心していられた。
「…兄さん…」
 僕は兄さんの背中に手を回した。
「あまり、そういう声でいうな。思わず、理性が飛びそうになる」
「え」
 僕ははっとして顔を上げた。
「冗談だ。もう、行け」
 兄さんは僕を体から離すと、僕に背を向けた。目もみてくれない。
「行け」
「はい」
 僕は兄さんにの背中をみつめながら、今度こそ兄さんは僕の前から姿を消してしまうような気がしていた。だからと言って僕を好きだという兄さんを引き止めるとこは出来ない。
 氷河にも僕の気持ちを伝えないといけない。
 氷河は部屋にも庭にもいなかった。屋敷の庭は広い。でも、子供の頃はもっと、広かったような気がした。巨大なジャングルにも似たような。裏庭からは裏山にいける。いじめられたときよくそこに出掛けていた。
 僕は懐かしくて、そのまま裏山に向かった。足もとの枯れ葉が、さくさくと音をたてる。
 そういえばさっきから、遠くの木が滲んで見える。僕は何度か瞬きをした。やはり、滲んでる。ぼやけているといってもいい。
 もしかして、視力が落ちている? コスモや体力的なものだけじゃなく、視力まで。つまり、身体的機能全てにおいて落ちているってことかもしれない。腕力も、体力も、全て平均よりも劣るだろう。でも、そのほうがいいような気がしてきた。どんなにあがいても、誰も傷つけることなんてないし。
 僕はいつの間にか、あの大木のところまできていた。いつも泣いていた、大木の下。いじめられてはよくここに来ていた。今となってはいい思い出だ。
 僕は少し嬉しくて急いで近づいた。
 大木に誰かが寄りかかっているのが見えた。
「…氷河…?」
「来ると思ったよ」
「どうして?」
「懐かしいだろ。ここ」
 氷河は立ち上がると大木を触りながら言った。
「瞬が、よく一人で泣いていた」
「どうして、知ってるの?」
「ほんとは声を掛けたかった。けど、どう話し掛けていいのかわからなくて、いつも遠くからみていたんだ。その頃から、もしかしたら好きだったのかもしれない」
 氷河は少し上の方から僕を見下ろして言った。少し、悲しげな表情だ。
「恐らく、瞬は俺に対する自分の気持ちを伝えに来た。そうだろう? 瞬なら、きっとそうするだろうって思ったんだ。そして、だいたいの言葉は想像がつく」
 どこか怒りがこもっているように感じた。
「僕、正直どうしていいのかわからない。自分の気持ちも全然わからなくて」
 氷河は少し驚いたような顔をしたけれど、黙ってそのまま僕の言葉を待ってくれる。氷のように冷たいと思われがちだけれど、本当はすごくやさしい部分を持っていることを僕は知っている。
「この間、…キス…されたとき、気持ち悪いとか、そういうの全然思わなかったんだ」
「じゃ、気持ちよかった?」
 悪戯っぽく僕を見て言う。
「そんなんじゃ、ないよ」
 僕は顔が熱を帯びてきているのが自分でもわかった。そんな僕を見て氷河は少し笑った。
「いいよ、瞬の答えがはっきりでるまで待ってるよ。いつまでも気長にね。できれば、俺がじいさんになる前に返事が欲しいけどね」
「うん。ありがとう」







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