「お前は花になるなよ。」

城戸の庭園には季節の草花が植えられており1年を通して常に何らかの花が咲い ている。
今の季節はチューリップだ。
沙織の趣味だろうか、種類も色も豊富な様々なチューリップが咲き乱れている。
そんなちょっとしたチューリップガーデンのような城戸の庭園の隅で氷河が瞬に 話掛ける。
「何言ってんの。それは女の子の話でしょ。」
ぷい、と横を向いて瞬は歩き出す。
「僕は男だから花になんかならないし王子様だってこないよ。」

それでも氷河には気にかかる。
今、自分の目の前で微妙に気を悪くしている瞬が花語りに出てくるその可憐で純 真無垢で優しい とかいう少女とそう違う訳もなく、少女とそう変わらない人気を誇る瞬が少女と 同じ理由から 誰かひとりを選べないというのも氷河の中では充分有りな方向の話なのだ。
氷河の中の瞬はそんな瞬だった。
そんな瞬が究極の選択を苦に花になってしまう…等と現実離れした事にはならな くても悩まずに済む 何処かへ消えてしまう…なんて事は十分考えられる。あの放浪癖のある兄貴を持 つ弟なのだし。
それに…これだけ可憐な瞬なら花にだってなってしまえるのではないだろうかと も思えてくる。

瞬が花になってしまったら自分の手元においてどこにもやらず毎日愛でる事は出 来るだろう。
しかし、そのやわらかな頬に触れる事も 氷河を癒すその優しい微笑みを見る事 も 御機嫌斜めな時に 見せるつん、とした表情も見ることが出来なくなってしまう。

「それがたいした物でなくてもその何かを切り捨ててまで別の一つを選ぶなんて 事ができないお前が そこから逃げる為に花になってしまう事は充分有り得る。」
「僕はそんなに偽善者でもなければ弱くもないよ。」
くるくると王冠をいじりながら瞬は反論する。
そう そのつん、とした表情を見せながら。

「大体、僕には王子様なんか必要ないもん。」
「俺には王子様(自分を愛してくれる誰か)は必要だがな。」
「だから、『僕には』要らないの。」

「あ?」
「王冠も剣も金塊も持ってないけど僕の中にはちゃんと立派な騎士が ひとりいるから王子様はいらないの。」
瞬は親指で自分のむねをトントンと指して氷河を見る。
僕はちゃんと僕ひとりで保っていける。
王子様が必要なほど僕は弱くもなければ可愛らしくもないよ、と言わんばかりに 。

「でも…」

「何かを切り捨てる事が出来なくてそこから逃げる為に花になる…なんて事はな いけど その騎士にお前は要らないなんて言われたら花になっちゃうかもね。」
「やっぱりなるんじゃないか。」
氷河の台詞に瞬はくるりと向き直り氷河の両腕をしっかと掴んで自分の方にきっ ちりと向ける。
そして何事かと驚いている氷河の瞳を黒よりも少し薄い色の瞳でぐっと見据える 。
「だから、要らないって言わないでよね。」