過ぎし頃、眼前に日本海を望む越ノ国の人里離れたところに世間から身を隠すようにして暮らしている兄弟があった。
或る日のこと、兄弟は揃って野原にでかけていった。
翌日、兄は出かけなければならない用事があった。二人で過ごせる最後の日。
貴重な時間である。
枯れた茎ばかりで薄茶に染まった野と、いまにも降りださんばかりの灰色の空の狭間で瞬の亜麻色の髪が春の到来を告げる新芽のように見受けられ、一輝は自然と目を細め、ささやかながらもその幸せを噛み締めていた。

そんなほほえましい光景が物音ひとつで消え去っていく。

 コー コー

「、、、。?。」耳慣れない音に敏感な瞬がまず反応した。
「にいさん。」傍の兄に問うてみる。
「なんだ?」
「なにか悲鳴のようなものが聞こえませんか?」
「いや、聞こえないが。空耳じゃないのか?」
「うーん。そうかなぁ」―なんかひっかかる。―
 
 コーホー ココー

悲壮な、それでいて切羽詰ったような鳴声だった。
「まただ、空耳なんかじゃない。」
「そうだな。」
「あっちの茂みの方から聞こえる。行ってみようよ。」
「ああ、」
二人が茂みで見たものは、
コッ コーー!! −バサッバサバサッー
純白の羽をばたつかせ、長い首を上下させながらなんとか飛び立とうと足掻く

「白鳥だ!白鳥が罠にかかっているよ、兄さん。」
「ああ、俺がこの間仕掛けたものだ。狐でも、と思っていたのだが、、、、」
―まさか白鳥がかかるとわ。―と、言おうとして一輝は言葉を飲み込んだ。
白鳥に睨まれたような気がしたからである。しかもなにやら不吉な予感がする。
コーホー、、、。  切ない鳴声が無人の野に響き渡る。


―注:鳴声の表記は日本野鳥の会刊行の本によるものです。今回はオオハクチョウを採用いたしました。―


「そんなことい言ってる場合じゃないよ。早く助けなきゃ!」
瞬に急かされて一輝が慣れた手つきで器用に罠を外す。
しかし罠が外れても白鳥は飛び立つ気配を見せなかった。
「どうしたんだろう? もう大丈夫だよ。仲間のもとにお帰り。」
それでも一向に羽すら広げようとしない。
―怪我でもしているのかな?―
そう思った瞬は白鳥に近づくと、逃げるかに思われた鳥はそんなそぶりも見せずじっとしていた。足首のあたりに薄らと赤いものが見受けられる。
「怪我をしているみたいだな。」
「え、あぁ、本当だ。可哀想に、」
そう言うが早いか瞬は懐中から一枚の布を取り出すと、辺りから適当な枝を拾い、添え木にして巻きつけていった。
初めは警戒の色を示していた鳥のほうも瞬のしていることが理解できるとおとなしくなり、その長い首を絡ませてくるようになった。
「くすぐったいよ、もうすぐ終わるからね。野鳥って警戒心が強いと思っていたけれど案外ひとなつっこいもんなんだね、にいさん。」
「そうだな。しかしもうすぐ日が暮れる。暗くならないうちに帰ろう。」
「うん。もう終わるから。 ほら、もう大丈夫だよ。」
そう言って瞬は立ちあがり、家のほうへと駆け出した。
「ほらっ、兄さん早くしないとおいてっちゃうよ、じゃあね、鳥さん。」
「しゅ、おいっ。まったく、、」
そう言いながらもまんざらではない様子で一輝も後を追う。
後に残されたのは鳥一羽。
二人の背中が消えてもじっと見つめていた。






[next]