寒風吹きすさぶツンドラ気候のど真ん中に其処はあった。
家。何の変哲も無い、東京ならばサラリーマンが一生をかけて手に入れる程度のもの。それが氷河の棲家。
白鳥のごとき身の上で、とお考えの方がいるかもしれないが彼は残念ながら人類である。そのわけは後に明かすとして、この日、氷河は瞬をかどわかして、もとい伴って、帰省した。
「今帰った。」
「、、、、、、。」
彼を無言で迎えたのは彼の師匠。姓は知らない、名はカミュ。
この家の主である。彼は氷河以上によく分からない、失礼、クールな男だった。
「首尾はどうだ?」
「まあまあだ。」
この師弟、『会話の単語は最小限に!』という決まり事でもあるのだろうか、
否、只の趣味である。
さて、そんな不毛なツンドラの大地に降り立ったもう一人、瞬はこの雰囲気にいまいち溶け込めないでいた。
「あの、、、、。」
思いきって名乗り出た瞬にカミュの凍てつく視線が突き刺さる。
「む、誰だ?」― ピキーン ―
心が凍結しかけた瞬の代わりに氷河が答える。
「正体を見られたのでつれてきた。」
「なに!?」
いままで眉ひとつ動くことなかったカミュの顔面の筋肉に初めて、驚きによる表情を作り出すために電気が流れた。しかしそれも一瞬のこと、
「減点対象だぞ。」
そう言うとカミュは懐からなにやら手帳を取り出して書きこんだ。
「?????」
瞬にはいまいち状況が飲み込めない。それを察した氷河が耳元で囁く。
「オレは修行中の魔術師なんだ。そこにいる我が師カミュの試験で白鳥に姿を変えて日本に行っていたんだ。」
「そこで、兄さんの仕掛けた罠にひっかかったんだね。」
「あ、ああ。」
嫌なことを思い出した氷河は心持苦い顔をした。
「はじめまして、瞬といいます。」
そう言って手を差し出すとカミュもその手を握り、
「これの師匠だ。もうひとり弟子がいるが今はこいつと同様試験で出ている。」
と、彼にしては口数多く語った。
「アイザックは出ているのか?」
「三日まえからだな。イカになって今頃は海底だ。」
「そうか、、、、。」
氷河はそれ以上、聞こうとしなかった。
だが、それは重大なことをはらんでいた。カミュは瞬に向かって言った。
「暫くのあいだ、君はアイザックの部屋を借りるといい。」
―なにーーーー!!―
カミュの言葉は氷河にはまさに寝耳に水であった。
一般的には至極当然であるはずだったが同じ部屋で寝起きを共にしようと考えていた彼にとっては頭の一片たりとも存在しないことであった。
氷河は、今はおそらく海溝深く、そして漁船の灯りにノコノコ浮かんでくるであろう兄弟弟子に向かって心で叫んでいた。
―アイザッーク カームバァーック!!― と。

その夜、彼は一人寂しく、そして瞬はカミュの意外な良識の庇護のもとで安心して眠ったのである。





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