翌朝、殺伐とした氷の大地に客が訪れた。 「よお、カミュ。迎えに来たぞ。」 「ミロ。」 どこはかともなく派手な男はカミュの魔術師の同期でミロといった。 「町内会へ一緒に行こうと思ってな。」 町内会とは魔術師の代表の集まりの通称である。 カミュとミロはトップクラスに名を連ねる実力者であった。 「そうか、今仕度をする。」 「ああ、じゃあ、少し待たせてもらおう。」 カミュは奥の部屋に消えて行き、ミロは暖炉の前のソファにどっかりと腰を落ち着けた。 「どうぞ、」 そう言って彼の前に湯気を立てているミルクティーを差し出したのは早くも台所の主となりつつある瞬だった。 「おや、君は?」 カミュファミリー(?)には精通しているミロも昨日来たばかりの瞬の存在には驚きを隠せない。 「瞬、といいます。昨日ここに来ました。」 雪原に生息する人間ブリザードのみ見ることを覚悟してきたミロは、小春日和のような瞬に好意を覚えずにはいられなかった。 「そうか、君もやはり魔術を志しているのかい?」 「いえ、僕はなりゆきでここに、、、、。」 ―兄さん、今頃なにしてるかなー。―ふと、兄のことを思い出して心がちくりと痛んだ瞬である。思えば不憫な身の上である。 「そうか、ならばオレのところに来ないか?」 「えっ?」 「幸いにも今オレの所には弟子は居ない。君さえ良ければ、」 ―僕は、そんなこと考えたことも無かった、、、、。― 一方のミロは考え込んでしまった瞬を見て満足げに頷くと 「ほら、こっちにきて座るといい。」 そう言って瞬の手を掴んでやんわりと引き寄せ隣に座らせた。 いい機会なので肩に手をまわそうとしたところで、 「しゅ、瞬!」 と、入ってきた氷河によってその計画は挫折した。 ―全く気のきかん弟子を持ったものだ、カミュも。― と、心で舌打ちをして腕をあるべき所へと戻す。丁度その時 「またせたな。」 仕度を終えたカミュが出てきた。 「どうかしたのか?」 入ってきたばかりのカミュには危うく自宅の居間で千日戦争が起きかけていたことなど知る由も無かった。そしてそれが彼の登場によって阻止されたということも。 「では、行くとするか。」 そう言ってミロが立ちあがる。 「では、留守番頼んだぞ。」 「ああ、」 そう言って出かけようとしたカミュであるが、ミロによって呼びとめられた。 「カミュ、あの子は連れて行かないのか?」 「あの子?」 「瞬だ。もう一人の弟子のアイザックは留守なんだろう。まさか氷河と二人にするわけにはいくまい。」 「いけないのか?」 カミュにはいまいち良くわからない。 「だめに決まっているだろう。狼と仔山羊を一緒に住まわせるみたいなものだ。童話の狼と七匹の仔山羊のほうがまだたちがいい。あっちは七対一だからな。こっちは一対一だ。しかも狼は相当飢えた奴だぞ。」 「それはいかんな。」 ミロの必要以上に分かり易い説明にカミュのほうもやっと状況を認識したらしい。 「な、だから瞬を連れて行こう。そうすれば安心だ。」 それはそれで危ない。 これには流石に氷河が黙っていなかった。 「瞬が行くならオレも行く。」 ―いつのまにか僕は行くことになってる!?― あぁ、民主主義って一体。 瞬の希望を聞くなどということは誰も思いつかなかった。 「誰がここにいるんだ?」 これはカミュの心配事。 「居なくて良いじゃないか。」 どうしても行きたい氷河。 「いや、アイザックが帰ってきたとき誰かいないと困るのではないか?」 氷河がいないのにこしたことはないのは、ミロ。 「鍵を郵便受けにでも入れておけばいい。」 この際アイザックの基本的人権は綺麗に、そして意識的に忘れられた。 「仕方ないな。」 カミュは、誰が残ろうが誰も残らなかろうがたいして興味は無かった。 「手紙くらい置いてったらどうだ。」 と、氷河。流石に少し心が痛んだようだ。 「そうだな。」 そこらから新聞の折込み広告を引っ張り出すと裏になにやら書いてゆく。
「こんなもんだろう。」 ―あいかわらずよくわからん。― と、思ったのはミロ。 ―これで通じるのかな?― 瞬のごもっともな意見。 ―さすが我が師。無駄のない筆運び。― これは氷河。 皆、心に含むものはあるにはあったがあえて口には出さず速やかに外に出た。 こうして一同は、大雪原の小さな家をあとにした。 |