翌朝

「じゃぁ、我々は会合があるので行ってくる。」
お忘れかもしれないがそもそも一同がここに来たのはそのためである。
「長引くかもしれないからお前達は街を見てくるといい。」
こうしてカミュとミロはと去っていった。
上司がいなくなると心が軽くなるもの、らしい。
―当分帰ってこなくっていいぞー。―
と、氷河は心底思いつつどこに行こうか考えていた。顔には出していないがかなりうれしいのである。

「さて、瞬。どこに行こうか?」
「僕、初めてだから氷河にまかせるよ。」
まるで絵に描いたような理想的(氷河にとっては)な光景である。
「そうか、じゃあ薬草屋なんかどうだ?」
「え、なにか面白いものでもあるの?」
「ああ、“マンドラゴラの収穫実演販売”っていうのが見れる。」

―説明しよう。マンドラゴラとは魔術師が使う薬の材料で根が人間の形をした植物のことである。いまいちピンとこない方は二股に分かれた大根を想像していただきたい。土から引抜く際、断末魔の悲鳴をあげるのだが想像を絶するその声は、聞いたものの命を奪い取る。その為、収穫方法は犬に縄を付けて引かせるという方法が一般的である。―

「そ、それって、」
驚いている瞬の様子を見て氷河は
「ああ、もちろんオレ達は特殊な耳栓をしている。」
といい、あまつさえ
「面白いだろう。」
と付け加えた。

―!!!?―

次の瞬間氷河の目に飛び込んできたのはかなりの衝撃映像であった。
「ど、どうしたんだ、瞬!?」
大きな目に溜まった涙が次々と頬を伝って流れ、乾いた地面に染込んでいく。
「い、犬は、、死んじゃうんでしょ、」
ここまで来て氷河は己の犯した失態に気付いた。
氷河にとっては至極普通の光景は瞬にとって残酷極まりないことだということが。
などと、氷河が頭で考えているとき、

「ちょっと、そこのお前!」
突然、あさっての方向から呼びとめられた。見ると短髪黒目の少年が眉を吊り上げてこちらを睨んでいる。
「?」
「その子、泣いているじゃないか、放してやれよ。」
どうも瞬が氷河に絡まれていると思ったらしい。
「何か勘違いしているんじゃないか?」
「もう大丈夫だぜ。」
氷河の弁明をきれいに流した少年は二人の間に入ると瞬の手をとった。
「あ、あの、」
「さあ、こんな奴に構うことない。行こう。」
そう言うとそそくさと立ち去ろうとする。これに慌てたのは氷河のほうだった。
「ちょっと待て、」
「なんだよ、まだいたのか。あんまりしつこいと自警団呼ぶぜ。」
「オレはあやしいもんじゃない。」

そう言うのはたいていあやしいやつである。

「その辺にしといてやれ、」
そう言ってやんわりと止めに入ってきたのは長い黒髪の少年だった。
「だって、こいつきっとひとさらいかなんかだぜ。」
「ひっ、ひとさらいだと!?」
驚いたのは氷河である。
「ああ、無表情で悪者っぽいし。」
「この顔は生まれつきだ!」
そんなのは個人の自由である。熱血している悪者だっているじゃないか!と、叫びたいのを必死でこらえる氷河であった。
「まあ、そういうな。カミュ殿の弟子と言えばお前にもわかるだろう。」
「えっ!?まじかよ。」
「ああ、その通りだ。それにしても何故オレの事を知っている?」
「オレは老師の弟子の紫龍という。」
老師といえば魔術師の最長老である。その弟子ならば氷河のことを知っていてもおかしくはない。
「老師の、どうりで。」
「ああ、それでこっちのは魔鈴さんの弟子の星矢。」
「そう、紫龍や他の連中は会議のある今だけここに来ているけどオレはここが地元なんだ。」
「そうか、」
魔鈴といえば友人に直情的で有名なアイオリアがいる。彼の縁者ならばこの熱血ぶりも納得できる。
「とりあへず、氷河が悪い奴でないことはわかったけど。じゃあ、なんでこの子を泣かしてたんだよ?」
「それは、」
氷河が答える代わりにそれまでなりゆきを見ていた瞬がはじめて口を挟んだ。
「ううん。氷河は悪くないんだ。僕がいけないの。」

     ― 説明中 ―

「なるほど。マンドラゴラが原因だったとはね。」
「うん。そうなの。」
さすがに少し恥ずかしいのか瞬の顔が少し紅くなっている。
「に、しても一般人にいきなりマンドラゴラの収穫を見せるのはどうかと思うぞ。」
「そうか?オレはここにはじめてきたとき見せられたぞ。」
氷河がこともなげに言い切った。
「本当か、誰に?」
「我が師、カミュだ。」
「………。」
「そ、それはすごいな……。」
ダメージの大きい星矢の代わりに紫龍がこたえる。

「じゃ、オレが案内してやるよ。」
気を取りなおした星矢が申し出た。
「え、いいの?」
「ああ、騒ぎを大きくしちまったし。だてに地元じゃないからな。いいとこ知ってるぜ。」
「ありがとう、星矢。いいよね、氷河。」
「ああ、瞬がいいと言うならオレは構わない。」
「じゃ、決まりだな。こっちだ。」
星矢はもう歩き出している。あとの三人は慌ててついていった。






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