「…瞬」
聞き慣れた声がわずかに遠い。
ああ、勝手に触れるなと言ったはずなのに。
背から回された氷河の腕が右の肩を掴んでる。
抱き上げるようにして。
振り払おうにも僕はこの他人のもののように重たくなった腕を上げるすべをもう思い出せなくなっていた。
ので、されるがままに氷河の腕に体を預けていた。
実際は、それ以外にもうどうすることもできなかったのだが。
「瞬…!」
かさねて僕を呼ぶ氷河の声が震えていた。
薄く目を開けると、フォーカスの定まらぬ視界に氷河が絶望にもよく似た表情で僕を見つめているのが見えてしまった。
ああ。だからいやだった。
僕は吐息で苦笑した。たったそれだけのことで、激しく胸部が痛んだ。破れた紙風船にも似た感覚で。
どうにもならないことがらはこの世に確かに存在し、
そして決して口にされずとも。
この世に形を持ち存在したことがなくとも。
どうしようもなく存在するものも、あるのだ。
これがそのひとつ。
僕がきえゆくことではなく。
そうではなく、
今、存在するこの欲望は。
遠い過去から今この時まで僕の裡に現存したどの欲望をも凌ぐだろう。
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