「私としてはあなたに行って欲しくて」
沙織が言う。
「僕が?」
それはいつもの午後のお茶の時間だった。
沙織はなぜか瞬とお茶を飲むのが好きで、これはこのごろの日課になりつつあった。
本日のティータイム、場所はガーデンテラス。
「…いや?」
「そういうわけじゃないんですけど…」
瞬が沙織の焼いたクッキーを片手に視線を宙に泳がせた。
「聖域の守人って言ったって、別に大変な仕事があるわけではないのよ。というか閑職に近いのよ。ここにいるのと同じくらい暇よ?」
沙織の言葉に瞬が苦笑する。
「別に仕事するのが嫌だから渋っているんじゃありません」
「そうよねぇ」
くすくす笑う彼女はわかっているのかいないのか。
この場所を離れるのに抵抗がある理由。
それはとても簡単で。そしてとても複雑なこと。
複雑───そう、まさに複雑怪奇極まりない。
一体どうすればいいのか、当人にすらわからない。
そんな理由が、瞬をここに引き留めている。
瞬はふと目を上げた。
目にはいるのは二階の真ん中の部屋。
半開きの窓から風に吹かれた薄い色のカーテンがはためく。
その部屋の主はちょうどここからは見えないところにいるらしい。部屋にいるのはわかっているのだけれど。
「瞬?」
言葉数が減った瞬の顔を沙織がのぞき込んだ。
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