「日本へ帰って」
 唐突に瞬がそう言った。
「…何故」
 氷河は数日前まで確かに二人の認識のもとに二人のものであったソファから身を起こした。
 今はひとりのものになってしまった。
 ───瞬がもう自分のそばにはすわらないから。
「別に理由なんてないけど。もともと沙織さんが聖域の見張りを命じたのは僕ひとりだったんだよ、忘れた?」
 つめたいことば。
 つめたいひとみ。
 何も感じていないかのような。
 かつて故郷で見た、決して融けぬ永久氷壁にも似たその光。
 なぜ。
 どうして瞬が、そんな目をするのかがどうしても氷河にはわからない。
「瞬…おまえおかしいぞ…」
 氷河がとまどいを隠せずに言った。
 ほんの数日前までは、瞬はこんな物言いは決してしなかった。こんな目は。こんな───
 一体。
 何が彼を変えたのか。
 変わってしまったことだけがわかってる。
 けれどどうしても。理由がわからない。
 春の日差しのようなあのほほえみが。
 優しい声が。
 どこに。
 何処に消えてしまったのか───。
「おかしい?僕が?まだそんなこと言ってるの?」
 瞬の亜麻色の髪が流れて氷河の頬に触れる。
「僕は何もおかしくないよ。ただ当初の沙織さんの立てた予定を思い出しただけ。ここは僕ひとりで十分に守れる。氷河がいる必要はないんだ」
 そう言い瞬はくるりと身を翻して部屋を出てゆく。
「待て、瞬何処へ…」
 慌てて立ち上がる氷河の声に、しかし答えは返らなかった。
 遠ざかる足音だけが、柔らかな光に包まれた氷河の耳に届く。






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