「なんだ? いつになく真面目な顔をして」 ――と、氷河に声をかけたことを、紫龍はすぐに地獄の底より深く後悔することになった。 なにしろ、いつになく憂い顔の氷河の返答は、 「俺は瞬に愛されているんだろーか」 ――という、冗談の極致のようなシロモノだったので。 「ぶ〜〜〜っっっ!!!」 紫龍がウーロン茶を飲んでいなかったことは、不幸中の幸いである。 彼は氷河の顔に空気と唾を吹き出すだけで済んだのだから。 思いきり吹き出すものを吹き出してから、紫龍は呆れた顔で、ソファに沈みこんでいる金髪の仲間を見おろした。 そして、眉をひそめ、顔をしかめ、くだらなくも高尚な悩みを悩んでいる氷河に言う。 「おまえ、ゆーべも瞬と一緒だったんだろう?」 夕べどころか、一昨日も、一昨々日も、その前も、更にその前の日も、氷河は瞬と一緒だった。 当然、氷河の答えは、 「他の誰と一緒に寝るっていうんだ、この俺が」 ――となる。 「なら、別に悩むことはないじゃないか」 これは、紫龍にしては実に珍しく誤った意見であった。 そして、珍しく氷河の考えの方が正しかった。 「一緒に寝てるからって、瞬が俺を好きだとは限るまい」 しかし、紫龍は自分の見解の過ちを受け入れようとはしなかった。彼の意見には彼なりの根拠というものがあったのだ。 「嫌いな相手と毎晩喜んでそんなことをする人間がそうそういるとも思えんが。おまえと寝て、瞬が何か得をするわけではないんだし」 『損をすることはあっても』と続けないのは、紫龍なりの思いやりではない。それは言わずもがなのことだったから、彼はあえて口にしようとしなかっただけのことである。 「瞬は人に頼まれると嫌と言えないタイプなんだ」 「まあ、それはそうだが……」 実に全く珍しく正論を吐き続ける氷河に、紫龍が親切この上ない助言を与える。 「瞬の心を知るためのいい道具を、ドラえもんにでも貸してもらったらどーだ」 その助言が親切すぎたのが気に障ったのか、氷河はムッとして、この長髪の仲間を怒鳴りつけることになった。 「貴様、俺が真剣に悩んでいるというのに、なんだ、そのふざけたセリフはっっ!! ドラえもんだぁ!? そんなものがこの世に存在するはずないだろーがっっ!!!」 氷河は、実は、本当に真剣に悩んでいたのである。 『来い』と言えば素直に来る。 しかし、自分からは決して『来て』と言わない瞬に。 が、氷河に怒鳴りつけられても、紫龍は平然としていた。 なにしろ紫龍は、この情緒不安定男の怒声には慣れっこになっていたのだ。 「いや、なかなかそういうもんでもないぞ」 そう言って、紫龍が、彼の身につけていた上着のポケットから取り出したもの。 それは、美味しそうに焼けたドラ焼き色の――猫型ロボットだった。 手のひらサイズの、見ようによっては可愛らしいと言えなくもないような。 「ほら、俺の飼っているミニドラ焼きえもんだ」 にっこり笑ってそう言う紫龍が、氷河は心底不気味だった。 何故紫龍のポケットから、 何故そんなものが、 何故、 「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん」 などという間違った決め台詞を言いながら飛び出てこなければならないのだ。 「紫龍のポケットの中で、事情はみんな聞いていたよ、氷河クン」 その“ミニドラ焼きえもん”なる得体の知れない小型ロボットは、紫龍の手から氷河の膝に飛び降りるや、恐ろしく特徴的な声でそう言った。 お互い初対面だというのに、『初めまして』の挨拶もなく。 まあ、ここで彼(?)に礼儀正しく『初めまして。ボク、ミニドラ焼きえもん』と挨拶されたとしても、続く氷河のセリフは変わらなかったであろうが。 「な…な…な……なんなんだ、おまえは〜〜〜っっっ!?」 至極当然の氷河の誰何には答えず、ミニドラ焼きえもんは、丸い腹に張り付いたポケットから錠剤を取り出して、あの大山のぶ代女史の声で高らかに宣言した。 「正直太郎になる薬〜〜〜!」 ――と。 氷河は――氷河は、ひたすら唖然とするばかりだった。 これは高尚極まりないラブストーリーのはずである。 氷河には、お子様向けSFギャグストーリーへの出演を許諾した覚えは全くなかった。 そんな氷河の困惑を、しかし、ミニドラ焼きえもんはあっさり無視する。 そんな細かい(?)ことをいちいち事情を説明していたら、放映時間30分以内のうちに落ちまで辿りつけないではないか。 彼(?)は、彼のペースで、さっさと話を進めていった。 「これを、瞬クンに飲ませてみてよ。建前や世間体や思いやりや優しさのない、瞬クンの本音だけが聞けるようになるから」 「そ…そんな怪しい薬、瞬に飲ませて、瞬の身に何かあったら……」 ――の『ら』の形に開かれた氷河の口に、ミニドラ焼きえもんは、その妖しげな薬を一粒、ぽん☆と放り込んだ。 途端に、氷河が、 「だが、知りたい。瞬の本当の気持ちが」 と、正直太郎に変身する。 「でしょ? そんなに心配なら、効き目の弱い奴をあげるね。これなら、正直太郎になっている時間は5分間だけだから、絶対安全だよ」 そう言って、ミニドラ焼きえもんが氷河の手に渡してよこしたピンクの錠剤。 ――真実を知りたいという欲求に、結局、氷河は屈してしまったのだった。 |