しかし、そのとんでもないことが起きてしまったのです。


ある日、オスマントルコの宮殿に、ヨーロッパの小国の王子様が表敬訪問にやってきて、氷河姫に一目惚れしてしまったのでした。

その王子様は、氷河姫より年下で、氷河姫よりずっと華奢で、氷河姫よりずっと可愛らしい顔立ちをしていて、本当に、氷河姫よりずっと姫君らしい素敵な王子様だったのですが、多分、目が悪かったのでしょう。



「氷河姫。どうか僕の国に来てください。僕の国はとても小さいけど、とても綺麗な国ですから、姫もきっときっと好きになれると思うんです」
大きな緑色の瞳をいっぱいに見開いて、真剣に訴えてくる王子様を見おろしながら、氷河姫は大いに困ってしまいました。


待ちに待ったこのシチュエーション。
夢見ていたよりもずっと可愛いらしくて氷河姫好みの王子様が、長い間夢見ていた通りに氷河姫に恋をして、氷河姫をこの牢獄から連れ出したいと申し出てくれているのです。


信じて待っていたら、夢が叶ってしまったのです。
ただぼーっっと、素敵な王子様を夢見ていたら、
本当に本物の素敵な王子様が氷河姫の前に現れて、
『どうか僕と結婚してください』と、熱烈なラブコール。


氷河姫は、この可愛らしい王子様を力いっぱい抱きしめたいと思いました。

『一緒に王子様のお国にまいります』と告げて、王子様に愛らしい笑顔をプレゼントしたかった。
その薔薇色の唇を奪い、あわよくばもっと先の××なことまでしてしまいたかったのです。


でも。

そんなことができるものでしょうか。

氷河姫を可愛いお姫様――もとい、大きなお姫様と信じきっている王子様に本当のことを告げることなど!
そして、騙すことなど!


氷河姫は、出会って幾日も経っていないというのに、この可愛らしい王子様にすっかり心を奪われてしまっていたのです。
だからこそ――
だからこそ、氷河姫は、王子様に真実を告げることも、嘘を貫き通すこともできなかったのでした。


「すまん、瞬王子。俺は…………」

その先を続けることはできませんてした。

かわいそうな氷河姫は、どたどたとその場から逃げ出すことしかできなかったのです。


初めて知った恋の、なんという切なさ。そして苦しさ。

氷河姫はハレムの東側にあるチューリップ畑まで逃げてくると、そこで男泣きに泣いたのでした。








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