瞬が、『死』という言葉を、そんなにも軽々しく使ったのは、瞬がまだ『死』の真の意味を知らなかったからだったろう。 「ふぅん……。じゃあ、氷河のお母さんは、氷河を守るために死んじゃったの?」 瞬の両親が亡くなった時、瞬はまだ、その死を嘆くこともできないほどの年齢だった。 「そうだ」 「そんなふうにしてもらったから、氷河は まざこん なの?」 瞬は、もちろん『マザー・コンプレックス』なる言葉の意味を知らなかった。 通俗的な意味も、心理学的に、それがどういうものなのかも。 ただ、そう言って氷河をからかう兄たちの言葉を真似て、反復したにすぎない。 その兄たちとて――からかわれている氷河自身も――その単語の意味を理解してはいなかったろう。 故に、それは、侮蔑的に使われれば、雑言であり、野次であり、憧憬と共に告げられれば、称賛であり、感嘆の言葉だった。 「俺は……死んだって、マーマを忘れない」 そう告げた氷河の真剣な眼差しを、瞬こそが、それからしばらく忘れることができなかった。 |