『その男の蘇生に力を貸してやってもいい』

まるで、瞬の心中を見透かしたように、“彼”は瞬に囁きかけてきた。
そして、瞬の返答など確かめる必要もないと言わんばかりに、言葉を続ける。
『だが、私は大慈大悲の神ではない。代償を求める』

「僕は、僕自身以外の何も持ってない」
『その、そなた自身を私に捧げろ』
「どういう意味」

『私は霊的存在だ。肉体を持たぬ』
「…………」

“彼”は、だから、身体が欲しいというのだろうか。
肉体を得た存在が手に入れられるのは、それこそ、せいぜい小石を動かせる程度の力でしかないというのに。

「……仮にも神を名乗るものが――こんな人間の身体を欲しがるの? 特に僕は――僕の身体は、脆弱な出来損ないだよ」

瞬の言葉を、神を名乗るものは嘲笑した――らしかった。

『出来損ない……? そなたは、自身の価値を誤認しているようだな。その脆弱な器がどれほどの力を持っているのか、まるでわかっていないらしい』

瞬は、確かに、“彼”の言うように、自分の物理的存在に全く価値を認めていなかった。
打たれれば砕け、刃物を当てられれば裂けて血を流す――そんなものが、どれほどの力を有しているというのだろう。
事実、たった今、瞬の身体は、氷河の身体に熱を伝えることすらできずにいる。

ヒトと神――それらは互いに、互いの持っていないものに、実際以上の価値を認めているのかもしれない――と、瞬は思った。


『私は、より力のあるものを欲する。そなたの心の器の持つ力がわかるから、そなたに言うのだ。でなかったら、私は、今おまえの腕の中で死にかけているその男に話を持ちかけていただろう』

「僕は……」
買い被られているのだとしたら、約束を交わした後で、それを反故にされることもあるかもしれない。
瞬は、“彼”に――何もない虚空に――不安げな視線を投げた。

その視線に、“彼”が気付いたのかどうか――。
いずれにしても、瞬の不安と懸念だけは、“彼”に伝わったようだった。

『代償など、何でも構わないのだ、私は。そなたが我が身しか持っていないというから、それを差し出せと言うだけのこと。そして、その男の命を助けたいと思っているのは、そなた自身で、その死にかけた男ではない。そなたが代償を支払うのは当然だろう。』

その言葉には、瞬も異議はなかった。

「あなたの目的は何なの」
『退屈しのぎ』
「え?」

『神の要らぬ今の世では、神は退屈しているんだ。私の気が済んだら、そなたの身体、そなたに返してやることもあるかもしれない』
「…………」

退屈しのぎで、人の命をひとつ救う――。
馬鹿げた理由だと思った。
だが、“彼”の動機が馬鹿げているからこそ――もっともらしい大義を語られなかったからこそ――瞬は“彼”の力を信じる気になったのである。





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