俺は、瞬に礼を言いに行ったんだ。 俺の命を救ってくれたことを感謝していると。 そして、おまえが生きていることが嬉しいと。 母には言えなかった言葉を、瞬には告げられる。 俺は、俺自身が生きていることよりも、俺を救ってくれた瞬が生きていてくれることの方が――巧言ではなく、心底から――嬉しかった。 もっとも、その時、俺は、瞬なら、俺に謝意を告げられても、 「仲間として当然のことをしただけだよ」 ――と、そんな答えを返してよこすのだろうと思っていた。 俺の喜びの大きさに思いを至らせることもなく。 その“当然のこと”は、瞬だけが当然と思っていることだというのに。 だが、瞬の対応は、俺が予想していたものとは全く違っていた。 瞬は、俺の謝辞をうっとうしげに退けて、俺に尋ねてきたんだ。 「氷河、僕が欲しくない?」 俺が絶句していると、 「いらない?」 と、重ねて問い、そして、あの瞳でまっすぐに俺を見据えた。 深く沈んだ緑色に見える瞬の瞳には、驚愕した俺が映っていた。 「瞬。おまえ、何を言い出したんだ?」 礼どころではなかった。 それまで俺は――瞬の唇からは、仲間を思い遣り、力に抗う力を持たない人々を気遣う言葉しか出てこないものだとばかり思っていた。 「何……って、わからないの?」 「…………」 「欲しかったら、僕をあげるって言ってるんだよ」 ひどく、喉が渇いていた。 それだけを、痛いほどに憶えている。 そうだ、それで、あの時、俺は訊いたんだ。 そんな言葉はおまえらしくない。 なぜ、そんなことを言う。 なぜ、おまえは変わったのか――と。 瞬は言った。 「僕たちは、今 生きてる方が奇跡なんだよ」 腕を伸ばし、その腕を俺の首に絡めて。 それからの記憶は、ほとんどない。 気がつくと、俺は瞬の中にいた。 あれほど、気軽に俺を誘ってみせた瞬は、俺の下で切なげに身悶え、泣いていた。 繰り返し俺の名を呼び、俺にすがりついてきた。 瞬の細い腕が、必死に俺の肩を引きはがそうとし、だが、その指は、皮膚に食い込みかねないほどの力で俺に吸い付いている。 身体を開かせるたびに、いちいち恥じらって駄目だと言い、それでいて、俺の求めることには決して抗わない。 俺の身体の下で、瞬は、まるで“矛盾”と闘っているように見えた。 |