「ジュネさんは、誰かに好きだって言われたこと、ありますか」

一輝が傍観者を決め込むつもりなのなら、瞬の次の相談相手は彼女だった。

「なんだい、やぶからぼうに」
開口一番、全く兄と同じ応答をされて、瞬は、相談事を打ち明ける前から、彼女の答えがわかってしまったような気がしたが。

ジュネの行きつけのショットバーの奇妙なざわめきも、瞬には落ち着けないものだった。
店内は混み合っていたが、この店では、不思議に人のざわめきが遠くに聞こえるのだ。


「まあ、これだけの美貌だし?」
言うまでもないことと思っているのか、その先を、彼女は言葉にもしない。

代わりに彼女は、右手の甲で、肩にかかっている長い金髪を自慢げに払ってみせた。
それから、丸いテーブルに両肘をついて、身を乗り出してくる。
「誰かが、瞬を好きだって言ってきたのかい?」

「え……いえ……」

ジュネには、それが、気の乗らない返事に聞こえたのだろう。
彼女は、あからさまに、つまらなそうな顔を作った。
「ピンと来ない相手ならおやめ。瞬にだったら、この先いくらでも、男も女もたくさん言い寄ってくるから」

「…………」
ピンと来ないのではなく、むしろ、ピンと来すぎて困っているのだとは言いにくかった。
そんなことを正直に告げたなら、瞬が姉とも慕うこのアバンギャルドな女性は、瞬の迷いを一笑に付してしまうだろう。

「まあ、瞬は遊ぶタイプじゃないから、いろんなのと付き合って目を肥やせとは言わないけどさ。瞬に告って来たのなら、相手も真剣なんだろうし」
瞬の兄と同じように、ジュネは、瞬があったと認めていない出来事をあったものと決めつけて、勝手に話を進めていく。
彼女のこういう独断的なところが、瞬のような迷える子羊には有難くはあったのだが。

「私なんかは、いい加減、蚊帳の外だけど、瞬たちはずっと闘ってばかりだろ。合間を見て楽しんでおいた方がいいよ。聖闘士じゃなくたって、人間、いつ死ぬかわからないんだしさ」
「……はい」

瞬が素直に頷くと、彼女はふいに、意味ありげな笑みを目許に刻んだ。
「瞬、何にも知らないんだろ? 私が手ほどきしてあげようか?」

からかわれているのだとわかっていても、それを笑い飛ばせる瞬ではない。
「そ……そんなことできません……!」

「そう言うと思った。相変わらず、可愛いねぇ」
瞬が、大真面目に自分の誘いを拒む様を見て、ジュネは呵呵大笑した。

「瞬に恋焦がれる奴は多いと思うよ。ちょっと、あの子、見てごらん」
「え?」
ジュネが目で示した先のカウンターには、瞬とそう変わらない歳に見える少女が一人いた。

瞬も、大概、この店には不釣合いな客なのだが、その瞬に輪をかけて、生真面目そうな少女である。
どこぞの箱入り娘が冒険心に突き動かされて大人の店に潜り込んでいる――という風情だった。
その少女が、ちらちらと盗み見るように、瞬とジュネの陣取っているテーブルの方に、幾度も視線を投げてきている。

「あの子、こないだ私が初めて瞬をここに連れて来た時に、この店に居合わせてたんだって。それ以来、すっかり瞬にぞっこんなんだってさ。どうだい。その気にならないかい? 真面目な子だよ。ホントに本気みたいだし」

ジュネに水を向けられると、瞬は即座に左右に首を振った。
「僕、そんなの困ります……!」

可愛らしい少女ではあるし、ジュネの言う通りに、言葉を交わしたこともない相手に、彼女は本気で好意を持ったのかもしれない。
真面目なのは事実なのだろうとも思う。
だが、瞬の目には、その少女の思いは氷河の100分の1も真剣なようには見えなかった。

一瞬のためらいもない瞬の固辞に、ジュネが再び店内に笑い声を響かせる。

「なら、その、ピンと来ない相手とうまくおやり」
ジュネは、はやしたてるようにそう言って、瞬を激励してくれた。





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