哀れな父親の申し出を、ヒョウガはすぐに断るつもりでした。
シュンのために咲かせた花を、他の誰かに渡すことなど、できるわけがありません。

が、拒絶の言葉を口にする前に、ヒョウガはふと考えたのです。

この父親の言うことは不自然だと。

国中の誰もが、神の怒りを怖れて足を踏み入れない神の山。
若いヒョウガでも登るのには苦労するこの山に――山の麓ならまだしも、山中に――、病身の子供を抱いて、こんな疲れきった旅人がいること自体、おかしなことでした。

やがて、ヒョウガは気付きました。
これは、神の試みなのだということに。

おそらく、この父親に水晶の花の権利を譲れば、あの花は1年前のシュンの花より少しだけ大きな花になるのでしょう。
でも、その花の権利をこの父親に譲ったら、水晶に閉じ込められてしまったシュンはどうなるのでしょうか。

「お願いします。この哀れな父親に力を貸してください」
「おまえは、この山の神の意を汲んで俺を試しに来たのか」
「どうか、お願いします」

旅の父親がヒョウガの問いに答えないことで、ヒョウガの疑念は確信へと変わりました。

この父親の願いを叶えてやれば、ヒョウガの花は今よりもずっと大きくなるのでしょう。
自分の望みを果たすためではない善行を、神はヒョウガに望み、ヒョウガを試しているのです。
もしかしたら、その上で、絶望しかけたヒョウガにシュンを返してやろうなどということを企んでいるのかもしれません。
でも、そうではないのかもしれません。

水晶の山の神は、ひどくシュンを気に入っているようでした。
神は、シュンをヒョウガに返したくないと考えているのかもしれないのです。

ヒョウガの推測が当たっていた時、神がヒョウガにもう一度チャンスをくれるとは限りません。
シュンを取り戻す、これが最後のチャンスなのかもしれないのです。


ヒョウガは、自分の採るべき道を選びあぐねていました。





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