日本式の風呂は、氷河はそれが初めてだった。 しかし、そんな物珍しさよりも、気に入らない男に体中を泡だらけにされる不快の方が先に立つ。 そして、そんな物珍しさよりも不快感よりも、氷河の注意を引きつけるものが、そこにはあったのである。 「貴様、どこを見てるんだ」 「俺のと違う」 氷河は、それまで、成人した男の裸体を見たことがなかった。 氷河の注意を引きつけたそれは、氷河と同じ場所にあるのに、氷河のものとは、色、形状、大きさが、まるで違っていたのだ。 「おまえと同じでたまるか。瞬を喜ばせてやれない」 「そんなふうだと、瞬が喜ぶのか?」 氷河には、それは、非常に重要なことだったのだが、無礼な男は、氷河に頭からシャワーを浴びせかけて、氷河の質問に答えてはくれなかった。 そして、そのまま、氷河をバスタブの中に放り込んだ。 「おまえ、もう少し愛想良くできないのか。瞬にだけでも」 「俺は、頼んで優しくしてもらってるわけじゃない」 そのバスタブはかなり大きく、そうしようと思えば、氷河なら手足をいっぱいに伸ばして浮かぶこともできるようなものだった。 無論、氷河は、そんな子供っぽいことをして遊ぼうとは思わなかったが。 「頼まれたわけでもいないのに優しくしてくれるんだ。少しは感謝しろ」 「感謝してほしくて、優しくするのか」 「おまえが嬉しそうにしてやれば──もう少し普通のガキらしい態度を見せてやれば、瞬はそれだけで喜ぶ。笑ってやるだけでいいんだよ」 「それだけなはずない」 「それだけだ、瞬は」 「そんな奴がいるはずない」 無礼な男に肩まで湯につかるように言われた氷河は、彼に反抗して、頭まで湯の中に沈み込ませた。 無礼な男が湯の中に右手を突っ込んで、氷河の顎を掴み、その顔を湯の上に引っ張りあげる。 「そんな拗ねた口をきくな。世の中、案外、そんな奴ばかりだぞ」 「俺の周りは違う」 頬に貼りついた髪を、肩でこするようにして、氷河は払いのけた。 “そんな奴”は、氷河の周りにはいなかった。 異国の男の子供を産み育てている氷河の母に、誰もが蔑みの目を向けていた。 「人を信じちゃいけない。好きになったらいけない。マーマは、俺の父親に捨てられた」 それが、これまで数年間の人生を生きてきた氷河が学び知り得た教訓と事実だった。 「……おまえは本当に可愛くないな」 無礼な男が、なぜかひどく悲しそうな目をして呟く。 「俺は人を信じない。信じても裏切られるだけだ」 そう言い切った氷河から、無礼な男は、ついと視線を逸らした。 「確かにおまえには瞬が必要だな……」 彼は、氷河から視線を逸らしたままで、もう一度、低く呟いた。 |